名進研 合格体験記
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2025年度 中学受験の受験体験記

最後は子供を信じるしかない

2025年度 中学受験 南山中学校女子部

 娘の三年間の受験生活は、どこを切り取っても苦しく辛いものでした。勉強が好きでもなく、塾が楽しいわけでもなく、学ぶことに喜びがあるわけでもない。ゲームや漫画やアニメが好きで、時間さえあればYouTubeを見ている、どこにでもいる普通の小学生だった娘が、南山女子に合格できたことは、本人の努力と名進研の先生方の支えがあったお蔭です。

 「地元の中学には行きたくない」という娘の言葉から我が家の中学受験がスタートしました。四年生から塾に入るなら漠然と勉強するよりも明確に行きたい学校のイメージを持って勉強した方がいいだろうと思い、入会前の三年生の冬休みに南女の学校見学に足を運びました。その後も受験する可能性がありそうな学校見学に足を運びましたが、娘は南女が気に入り、早い段階で南女を目指して勉強をしていました。

 通い始めの頃は、先生が何を言っているのか分からなかったと魂が抜けた顔で帰ってきたり、算数の問題が分からなくて泣きながら宿題をしていたり。そんな娘を見て、世の受験生の親はどういうサポートをしているのか検索をして、スケジュールを立てたり、復習ノートを作ったり、私も受験生の親としての自覚が芽生えた時期でした。

 五年生になると中だるみ期に突入し、宿題をダラダラするだけで時間は過ぎ、復習の時間は持てず、成績は下降し、「勉強したくない」「もうやだ」が口癖のようになりました。一学期の間は様子を見ていましたが、さすがに受験からの撤退をするなら二学期が始まる前にと思い、夏休みに娘と話し合いました。娘の答えは「南女を目指す」でした。二学期からは前向きに勉強に取り組むようになりましたが、一学期の間についた上位層との差は最後の最後まで縮まらなかったように感じます。

 六年生になっても偏差値50~55のあたりをウロウロする中で、苦手な算数に特に時間を割き勉強していました。しかし、六年生の夏休みから調子を崩し、十一月のプレ中で偏差値43まで下降しました。算数にほとんどの時間を割いているにもかかわらず低迷していく結果を前に、娘の心が折れかかっているのを見るのは非常に辛かったです。先生から、「南女対策に絞って必須単元の復習に徹しましょう」と提案いただき、先生を信じてスケジュールを組む一方で、ここが娘の能力の限界なのかも……と、歯を食いしばって頑張っている娘の前では決して言えない言葉を飲み込んでいました。

 十二月ごろから算数の成績が上向き始め、最後のプレ中では、算数の偏差値も57まで上がり、総合偏差値は61になり、いよいよ南女の背中が見えてきました。すべての歯車が嚙み合ったように、上手く回り始めたと思えたのは冬休みに入ってからです。冬休みに入ってからの娘の集中力は素晴らしく、最後の一か月で娘の実力が大幅に向上したように感じました。保護者会で直前まで学力は伸びると先生方が仰っていましたが、まさにその通りだと身をもって感じました。

 一月は入試が終わるまで学校は休みました。それまで学校と塾の両立で時間に追われながら勉強していたのが、受験に集中できるようになり、心の余裕ができて勉強に取り組めていたように感じます。非常にテンションが高く、ワクワクしているような楽しみにしているような、そんなテンションで入試に突入しました。緊張がポジティブな方向に向いていて、見ていて頼もしく失敗する気が全くしない。それでも、たくさんの「大丈夫」を娘に伝え続けました。

 (これまで頑張ってきたから)大丈夫。
 (自分を信じてやれば)大丈夫。
 (落ちるイメージができないから)大丈夫。

 受験生の親として私が行ったことは、名進研の宿題・課題・苦手単元の復習を日々のスケジュールにタスクとして落とし込むこと。子供が自分で考えて自主的に苦手単元などの勉強をすることが理想ではあるけれど、その成長を待っている間に手遅れになるのは最悪だと思い、私は四年生の夏頃からスケジュール作りをしていました。その日できなくても一週間でこなせればいいという緩い取り決めでしたが、六年生にもなると授業のコマ数も増え、宿題も課題も多く、スケジュールを組むのが大変でした。優先順位をつけ、取捨選択し、要領よく効率よく、勉強一色ではなく娘の息抜きの時間も入れつつ、最大の結果を出すにはどうしたらいいのかを常に考えてスケジュールを組んでいました。六年生の後期になってからは過去問・志望校対策・個別課題とさらにやることが増え、残りの限られた時間で苦手単元を得意にするには何をしたらいいのか、あと10点取るには何をしたらいいのかを先生方にも相談していました。子供と大人では時間の流れる感覚が違うのでじれったく思う時もありましたが、大人だからこそ先のことを見据えて志望校に間に合うように仕上げていく計画が立てられると思います。

 親が最後にできることは、神様に祈ることと、子供を信じることの二つに尽きます。こんなにお守りつけて神様が喧嘩しない?
と言われるくらい娘の通塾カバンには合格守がついていました。神様は喧嘩しません(笑)。運も実力の内です。子供に最大の運
気を持たせて送り出してください。


「自分を信じて」~満開の桜咲け~

2025年度 中学受験 南山中学校男子部

 「南山中学校男子部へ行きたい」という子どもの言葉から、我が家の中学受験が本格的に始まりました。第一志望校が決まったのは六年生の四月頃でした。子どもが目をキラキラ輝かせて言ったこの気持ちを応援したいと思いました。

 ここからは、中学受験について我が家でやってきたことなどを書きます。今後の参考になれば幸いです。

 さて、志望校が決まって気になるのは子どもの成績です。受験当日まで一年を切っているのに、合格圏内に入れるのか正直不安でした。この時点で偏差値43~46ぐらいで、教科によって差がありました。子どもはというと、目標が決まったので南山中学校男子部についていろいろと調べ始めました。説明会や体験授業など参加できるものは全て行くようにして、モチベーションを上げていきました。当然、成績が足りていないことを本人も気づいていましたが、「行きたい」という強い気持ちがあったので行動を起こすことができたのだと思います。日が経つにつれ、生活リズムが変わり、受験生らしくなってきました。

 合格するために子どもが決めたのは、受験とバスケの両立は難しいから一旦バスケを辞める、小学校と名進研に毎日通う、名進研では自習室を活用するということでした。家ではホッと一息つける時間も必要だと思い、隙間時間を上手に活用する工夫をしました。学校へ行く前やちょっとした空き時間(10~15分ぐらい)に、計算トレーニングや漢字テスト、monoxerをやりました。隙間時間なので、「もう少しやりたいなぁ」と思うところでやめました。この方法は私にとって子どもとのコミュニケーションの一つとなったので、皆さんにもおすすめします。計算と漢字の間違えたところはノートにまとめ、週末に解きました。習慣化することができ、入試直前までやり続けることができました。このノートは子どもの苦手な分野を見つけ、克服することにつながりました。
小さな積み重ねが大きな力になったと思います。

 しかし、このように取り組んできましたが、プレ中では思うように結果が出ませんでした。偏差値45~48をウロウロ……。成績が伸びず、子どもも悔しさのあまり涙を見せることがありました。そこで、先生に相談したところ、「最後の一ヶ月で成績が伸びる子もいます。今まで勉強に時間をかけてやってきました。南山中学校に合格できるように塾でも声をかけていきます。」と言ってくださいました。子どもには先生方がついているから、最後まで信じようと思えた瞬間でした。四月からを振り返り、子どもは一度も弱音を吐きませんでした。成績が悪くて涙が溢れてしまうことがあっても、マイナスになる言葉は言いませんでした。「絶対に合格したる‼」が口癖でした。小学生なら、友達と遊んだり、ゲームをしたり、テレビを観たりしたいだろうと想像ができますが、全てを我慢してきました。私は子どもが自ら決めたこととはいえ、ここまでしなくてはいけないのかと葛藤する日もありました。学校の友達には中学受験をすることを話していませんでした。遊びに誘われても自分で断って塾に行きました。子どもは「南山中学校男子部に合格したい」という思いで、モチベーションを上げ、ただただ勉強に励んでいました。その姿を見て中学受験とは、勉強をすることだけでなく、精神的にも大きく成長するものだと知りました。

 入試直前十二月のプレ中では、目標としていた偏差値50を超えました。残り一ヶ月のところで成績がぐんぐん伸び、JSクラスに上がることができました。先生が言われたように奇跡が起こり、合格圏内に入ることができました。油断はできませんが、子どもも嬉しかったようで、また一段と気合いが入りました。

 入試前日は近くのホテルに泊まりました。子どもとの時間を大切にしながら、「いよいよ明日だね」とこの一年の生活を思い出しました。「やることはやった、悔いはない、頑張ってくる」という子どもの言葉を聞いて早めに寝ました。

 当日はいつもと同じような朝食を食べ、余裕をもって南山中学校男子部へ行きました。頑張ってきた子どもにかける言葉は、「入試、頑張ってね」ではなく、「行ってらっしゃい、待ってるから。」でした。入試会場でハイタッチをして送り出した我が子の姿は、逞しく、自信に満ち溢れていました。「よし、きっと大丈夫」と私は心の中で自分に言い聞かせていました。

 合格発表の日、速達で届いた封筒を目の前にドキドキが止まりませんでした。子どもと封筒を開けた瞬間、「やったー‼」の声が家中に響き渡りました。「南山中学校男子部合格」の文字。満開の桜が咲いたような子どもの笑顔をみて、思わず涙がこぼれました。最大のライバルである自分に勝った子どもをギュッと抱きしめました。

 名進研新岐阜校の先生方、六年間本当にお世話になりました。子どもが勉強することを諦めず、投げ出さず、夢に向かって突き進むことができたのは、他でもない先生方のお蔭です。先生方の温かい言葉は、私たち親子の支えとなりました。ありがとうございました。

 最後に、これから中学受験に挑戦されるご家族の皆様、子どものやる気は「無限大」です。お子様を信じて応援してあげてください。お子様が、合格切符を手にされる日を願っています。


名進研に任せれば大丈夫!

2025年度 中学受験 滝中学校

 息子は名進研に約二年ほどお世話になり、志望校に合格することができました。本当にありがとうございました。

 中学受験をしようするきっかけは、親が中学受験経験者で志望校出身であったことが大きく、高校受験をせずに六年間じっくりと学校生活を送ることができるという点が魅力であったことから、息子にも紹介し、受験してみる?と聞いてみたところ、やりたいとの返事でした。塾選びもいろいろ考えましたが、同僚に勧められたこともあり、小学四年生の終わりごろに、名進研の体験授業をうけました。本人もとても気に入り、また、丁寧に先生からもお電話をいただき、名進研に入ることを決めました。

 塾は五年生の時は週三回、六年生になると週四回ありました。子供は火曜日に幼稚園から習っていた体操教室があり、それには行きたい、という希望がありましたので、名進研の先生と相談して、火曜日は体操教室を優先して、体操教室が終了してから塾に行きました。先生もそれを応援してくれて、子供ものびのびと体操教室と名進研の勉強に励むことができました。受講できなかった授業の分は、M︲neTというサイトでいつでも動画視聴ができたので、それを見てフォローすることができました。体操教室や、体調不良などで、塾に行けなかった時に動画視聴できるサービスは非常に助かりました。六年生になっても体操教室は続けました。ただ、九月以降は時には体操教室を休んで塾に行く回数を増やしました。なぜかというと、ちょうど火曜日の最初の授業が算数だったからです。少し点数に伸び悩んでいたのが算数だったので、子供と相談して、塾に最初から行く時と、体操教室へ行ってから塾へ行く時を交互にすることにしました。

 日曜日のサンデー名進研は実は六年生の前半までは行きませんでした。本人の希望もあり、金曜日と日曜日は休みたい、とのことで、本人の意向を尊重しました。そのかわり、火・水・木・土の四日は集中して授業を受けることを約束しました。受験が近づいてきた六年生の途中から、日曜日の講座も受けました。東海・滝などの難関コースの講座を受け、志望校を中心とした演習を徹底的に行うことで力がつきました。

 最後まで名進研の先生のアドバイスに耳を傾け、しっかりと授業を受けたことで、名古屋中学校スカラー合格、東海中学校・滝中学校に合格することができました。

 受験生の皆さんへのアドバイスとしては、すべて名進研の先生が、その時々に最適な勉強の仕方を教えてくれますので、それを信じてやっていくことが一番の合格の近道です。

 保護者の方へのアドバイスとしては、もし塾に入る前にやっていた習い事は、本人が希望すれば直前期を除いて両立してあげると、本人もメリハリをつけて集中できるので、いいと思います。ただ、その点は本人の希望が大きいかと思います。よく聞いてあげていただけるといいと思います。また保護者対象に、一ヶ月に一度ほどある保護者会で、どのように勉強すべきか、どのように家庭で接するべきか、というノウハウを教えてくださるので、そのアドバイスをしっかりと聞くことで親としても安心して受験を迎えることができます。

 受験生の皆さん、保護者の皆さん、名進研の先生方のご指導を信じて、ぜひ志望校合格を勝ち取ってください‼
 


明和中学を受検した子供の親より

2025年度 中学受験 明和高等学校附属中学校

 あまり参考にならないかもしれませんが、今後の皆様の参考になればと思い、記載します。

1.中学受検を決めた理由
 保育園の頃から、数字、算数が得意で、国語は少し苦手だった我が子。
 特に塾などには行くことなく、過ごしていましたが、学校のテストで、全く理解していない訳ではないがケアレスミスが多く、それを何とかしたい、と思い、小四の四月から家が近いという理由で、大手私立中学受験対策をメインにしておられる、他の塾に通い始めました。その塾で「中学受験は考えていません」とはっきり言いましたが、「問題ありません」と言われ、通っていました。
 我が家は、両親共に私立受験はしたことがありません。私立受験向けの塾では、宿題の量も多く、授業も長く、問題も非常に難度が高く、子供には厳しいと思い始めました。その時、私立以外の選択肢として、チャンスの一つとして、明和中受検を意識するようになりました。そこで、名進研の明和対策コースを拝見し、小五の一月から転塾しました。明和中学が八十人の定員で、初年度のため10倍以上の倍率が予測されることは分かっていましたが、チャレンジできるのであれば、しよう、と子供と決めました。
 転塾した際には、明和か、名大附を考えており、小六の夏に受けた模試で、よい成績であったこと。名大附には小論文があることから、国語が苦手な子供には不利と考え、夏から、明和一本で受検することを決めました。それ以外は対策も受験もせず、明和中が残念だったら、地元の中学に通い高校受験をしよう、と考えておりました。

2.生活に関して
 習い事はプログラミングを最後まで続けています(今も継続中)。適性試験にプログラミング関連の問題が出たので、本当にラッキーだったと思っています。極力、普段と同じ、普段通りを意識し、両親が共働きであることもあり、十二月、一月も普通に小学校に行きました。

3.学習について
 毎日の小学校の宿題、名進研の宿題、テキスト、模試だけに集中して取り組みました。たくさんやるよりも、同じテキストを繰り返しやることにしました。他の書店で売っている問題集などは、やっていません。小四から通っていた塾に比べると、宿題が明らかに少なく、差にびっくりしましたが、子供にとって適切な量だったのかもしれません。
 母が今日はここをやろう、と勉強する範囲を決め、取り組みました。小六の秋くらいまでは、できた、と言われた後、母が答え合わせをし、解説を母がしていましたが、成績が伸び悩んだため、名進研に相談のお電話をしました。そこで、「お子さんに、どうして間違ったのか、自分でノートに書いてもらうとよい」というアドバイスを受け、小六の冬くらいから、自分で答え合わせをし、間違えたところはノートに赤字で、どうして間違えたか、書きました。

4.直前アドバイス
 一月に入ってからの十日間は、ひたすら名進研の模試、直前講習、冬期講習の選択式になっている問題のみを取り組みました。
全てを通しで五回程度。間違えた問題は十回以上、繰り返して取り組んだ問題もあります。名進研から直前に配付された緑色の紙に書かれた内容を信じて、頑張りました。
 一次が終わってから、本格的な二次対策をしました。AIなども使って、面接での想定質問を作り、子供に答えさせました。親が試験官となり、十五分、面接し、その様子を動画で撮影。それを見ながら、振り返りをし、改良を重ねました。ドアの開け閉めの練習もしました。
 練習した内容は、あまり聞かれなかったようですが、面接後には「答えることが出来た」と帰って来ました。

5.受検を終えて
 小四で塾に通い始めた時には考えてもいませんでしたが、結果から、子供もすごく自信をつけた様子で、頼もしく思っています。
勉強習慣がつけばいいな、将来の選択肢をたくさん残してあげたい、という思いで取り組んで来た中学受検でした。
 よく言われることで恐縮ですが、「チャレンジしないことには、結果は出ない」
「やると決めたのであれば、最後まであきらめない」は大切だなと思います。

 私の子供達、皆様のお子様達の幸せな未来を願いながら、この文章を終えたいと思います。長文を御拝読いただき、ありがとうございました。


長い人生の糧になる

2025年度 中学受験 愛知工業大学名電中学校

 この春から次男が愛知工業大学名電中学校に進学します。

 中学受験をするきっかけや家庭の状況・環境は一人一人違って、それぞれのストーリーがあるかと思います。これから受験をされる方に、「こんな受験生もいるんだ」と、少しでも参考になればと思い、寄稿いたします。

 次男は低学年から競技テニスに励み、週五日の練習と週末は岐阜・愛知・大阪・東京・神奈川の試合を転戦する生活をしていました。高学年になると、「強豪がそろう愛知県のランキングに挑戦したいから硬式テニス部のある私立中学を受験する」と言うようになりました。二歳上の兄も名古屋の私立男子校に通っていますが、私達夫婦は元々は中学受験をさせようとは考えていませんでした。夫婦共に国公立出身で、私(母)が東京の私立中高一貫校で教員をしていた経験があるため、公立・私立の正負の面を知っていたからです。十三~十八歳という多感な時期に、どのような環境で成長していくかは、その先の人生を左右する大きな選択です。それまでは公立中に通いながらテニス留学をさせようかと考えていましたが、中学受験の経験もこれからの長い人生の糧になると思い、本人の意思を尊重し、受験することにしました。

 小六の夏期講習から入会し、十一月まではテニスと受験勉強を両立していました。周りの受験生と比べると大変遅いスタートで、短い受験生活でしたが、テニスから離れ、塾の友達と切磋琢磨しながら志望校を目指した時間は、次男にとってかけがえのないものとなりました。夏に入会した当初はJAクラスの一番後ろの席でしたが、先生方の熱心なご指導により、最後はJSクラスに上がることができました。第一志望の名古屋中の入試では、国理社は六割取れ、合格まであと10点でした。問題を解き直してみると、算数の計算ミスが多く、本人も相当悔しがっていました。

 中学受験を通じて、がむしゃらな努力で目標に近づいていける喜びと、本番で力を出せなければ努力は報われないという挫折を経験し、慎重・謙虚であることの大切さを学びました。これは、親や周りの大人が口で教え諭すことはできないものです。十二歳という年齢で、こうした経験ができたことは、中学受験で得た大きな成果でした。この先、テニスや大学受験、社会人として身を立てる時に、きっと息子の強みとなり大きな支えになると思います。

 新岐阜校の先生方には、長男の受験時から大変お世話になりました。勉強に縁のなかった次男が、学ぶことに夢中になり、学力面でも精神面でも大きく成長できたのは、先生方が常に最大限の熱量で励まし、指導して下さったお蔭です。

 また、一緒に受験を乗り越えて来た新岐阜校の友達にも大変恵まれました。受験後、テニスで各地を転戦する生活に戻りましたが、「友達と名進研の春期講座(英語)に通いたかった」と残念がっています。

 末筆ではございますが、心から御礼を申し上げると共に、先生方、これから受験される皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。


名進研に通わせてよかった

2025年度 中学受験 椙山女学園中学校

 金城学院中学、椙山女学園中学、名古屋葵大学中学校の三校を合格した娘の母です。

 名進研は四年生より中学受験コースにお世話になりました。母親の私が私立中学出身で中高充実した六年間を過ごしたため、娘にも同じよう充実した日々を過ごしてもらえたらという気持ちで、「中学受験をしてみない?」と勧めたのが中学受験をするきっかけです。

 四年生の夏ごろから学校見学、体験授業などに参加し、大体の志望校を一緒に考えていきました。 

 四年生の夏期講習(後期)から入会し、宿題も多く、前期から入会している子との差を感じましたが、名進研の授業はとてもおもしろいと嫌がることなく、楽しく通っていました。特に国語は一番好きな授業で、「今日の文章題とても面白かったから、ママも読んでみて」と、嬉しそうに話す姿見て、私も嬉しく思いました。逆に苦手な算数や、社会は一緒に考えたり、覚えたりしよう、とフォローをしていました。

 五年生になり、四年生の時より宿題が増え、土曜ゼミ、実力テストと隔週でテストがあるため、四年生の時のペースでは全然追いつかず、慣れるまで時間がかかりました。実力テストのテスト勉強、土曜テストのためのテスト勉強ではなく、その週の宿題をしっかりこなすことで、娘なりに自分のペースが掴めてきた気がします。

 六年生では、第一志望の椙山女学園中学に向け、「絶対に合格するぞ‼」という気持ちを持って毎日を過ごしました。先生が作ってくださった志望校別の問題リスト、理科のコアプラス、漢字の要、サーパスを繰り返し解いていました。自習室もよく利用していたのですが、正月特訓後は毎日通い、志望校に近い問題を何度も繰り返すことで、自信が出たと言っています。

 プレ入試の結果に一喜一憂しながら、大変な時期もありましたが、先生方、一緒の目標に向かって頑張るお友達に恵まれ、最後までめげることなく勉強できたことが合格につながったと確信しています。

 この場をお借りし、本部の方も含め先生方、一緒に頑張ったお友達に感謝申し上げます。

 ありがとうございました。


思いがけない追加合格

2025年度 中学受験 金城学院中学校

 金城学院中学、葵大中、他二校を受験しました。金城は少し偏差値高めのチャレンジ校でしたが、家から比較的近く、部活体験が楽しかったことで、金城を第一志望にしました。六年生後半のプレ中では、金城はいつも合格率20%以下でした。厳しい現実でしたが、そのまま志望校を変えず、毎日夜9時頃まで自習室にも行き、土日も学校の友達と遊ばずに勉強を頑張りました。本人も、先生もあきらめずに指導して下さいました。六年生の十月頃、最後の個人面談では、お子さんはここからは算数で点を取るより、短期集中で理科・社会の記憶問題に力を入れて、総合点をアップさせた方がいいとアドバイスをいただき、理科・社会に重点を置いていきました。

 一般入試結果四校中、葵大中とA中は合格、金城とB中は不合格の連絡。

 本人は、葵大中に行くとのことでした。部活や学校体験は受験するところはすべて行った方がいいと思います。子どもの選ぶ基準は部活が楽しいかどうかでした。

 金城の、もし追加合格なら連絡がある予定の日に、金城からの連絡は来ず。追加合格の期待も消えて、葵大中に入学金も納め、制服も購入しに行きました。内心、こんなに大変な思いをしてプレ中や冬期講習や正月特訓などしなくてもよかったのでは…というもやもやした想いにもなりました。でも子供は、とても前向きで葵大中の入学を楽しみにしていましたので、私も前向きになろうと努めました。

 金城の追加合格の連絡予定日から十二日後、思いがけず夕方6時頃、金城から追加合格の電話がありました。運転中でしたが、たまたま赤信号で、スピーカーでこの電話に出られて本当に良かったです。子どもも一緒に聞いていたので、本当に涙が出るほどうれしくて、本人も第一志望だった金城に行きたいとのことでした。葵大中の入学金は納めてしまいましたが、金城は家から比較的近いので、六年分の通学定期券の差額が入学金くらいになるという話を家族としまして、金城に入学を決めました。制服は購入してしまいましたが、幸い数日しかたっていなく、全額返金してくれました。

 四年生の冬期講習から二年間、本当に親も子も頑張りました。日曜特訓、夏期講習、プレ中、通常授業、運動系習い事を週二回月と金に二時間習っていて、それは気分転換でずっと続けていました。子どもは友達と遊ぶのが好きで、何とか時間を見つけて遊んでいましたが、六年生後期には、全然遊ぶ時間がなくなりました。それでも塾の友達と楽しくワイワイしてたようです。子どもは宿題が終わらない時は、夜12時近くまで宿題をする日もあり、私も近くにいてほしいというので、うとうとしながら子どもの近くにいました。次の日の仕事に、眠さで支障がでそうなこともありました。講習時の他校への送迎、プレ中の裏で保護者会三時間待機など、私も職場の人に頭を下げて工面して取り組みました。お風呂場には、算数、理科、歴史の中学受験の暗記ポスターを全面に貼ったり、寝る前やお風呂前に中学受験一問一答というネットの問題を私が出して数問答えるということもしました。

 最初の受験校の三日前、子どもは塾で嘔吐して、着替えをもって塾に走りました。学校の昼ご飯をおかわりして食べ過ぎたと言ってましたが、今まで嘔吐することは全くなく、やはり受験前のストレスもあったと思います。インフルエンザ予防接種、風邪対策のマスクは家族も皆取り組みました。

 受験を終えて思うことは、友達との遊びなど犠牲にするものもあったけれど、学力と勉強する習慣、困難に立ち向かう精神力がついたかと思います。名進研の先生方は、本気で親身になって子どもの受験に寄り添ってくださり、感謝しかありません。

 これからの中高六年間、またその先も伸び伸びと過ごしてほしいと思います。


小六になって始めた中学受験

2025年度 中学受験 愛知中学校

 息子は、愛知中学、中部大学春日丘中学、名古屋経済大学高蔵中学に合格し、愛知中学に進学を決めました。

 中学受験を始めたきっかけは、小五までサッカーのクラブチームに入っており、サッカー部が強い私立中学に入ってサッカーがしたいと言い出したことでした。

 入会当初の二月から五月は予想以上に学習内容の難度の高さに苦戦し、復習少しと大半は宿題を終えるのに時間がかかっていました。プレ中の偏差値は40台前半でした。六月から八月の夏期講習を終える頃は、宿題とようやく復習をする時間が確保でき、夏休み期間は一日十時間くらい勉強していたので偏差値も上がるかもと期待しましたが、下がってしまいました。このことで、九月にもう中学受験をやめようかと思い、面談の際に教室長にお話ししましたが「中学受験を途中で諦めたら今度、高校受験をする時も諦めたことを思い出すし、これまで学習してきたので最後までやり遂げましょう。」とお言葉をいただき、また、勉強しているけれど成績が上がらないのは勉強方法を見直した方が良い、とアドバイスをいただき、授業内容の復習を重視し、問題も解いたら終わりという惰性的なことにならないように、九月以降は国語と算数は徹底的に復習と思考力を高めることと、理科と社会は欠落している知識の補充をする「インプットする勉強方法」に変えて取り組みました。

 取り組みを変えたので最終プレ中の結果で偏差値が上がるかと思っていましたが、やはり40台のままでした。第一志望の名古屋中学は厳しいかと思い、最後まで第一志望は変えませんでしたが、十二月から年末年始含め入試直前まで、小幡校の先生方とご相談し、愛知中学と中部大学春日丘中学の入試対策問題演習を進めることにしました。息子は、過去問六年分と沢山いただいた対策プリントを全てやり遂げ、悔いが残らないようにと一日十二時間くらい勉強をしていました。

 その甲斐あって三校から合格をいただきました。第一志望には届きませんでしたが、途中で諦めずに受験して良かったと悔いはないと言っておりました。一年という期間でしたが、過酷な勉強のスケジュールでよく頑張ったなと思っております。

 至らない息子に色々と細やかにご指導下さった小幡校の先生方には感謝しかありません。ありがとうございました。


勉強嫌いの息子

2025年度 中学受験 明和高等学校附属中学校

 私立中学を受験するほどの金銭的余裕もなく、当然、近所の公立中学校に行くもんだと思っていた、二〇二三年夏。公立中高一貫校の説明会の案内を受けとりました。何気なく息子に、「中高一貫校受験する?」と聞いてみたところ、「中高一貫って何?」とのこと。「中学に入る試験を受けて入学したら、高校入学の試験を受ける必要がないんだよ」と説明したところ、「テニスに集中したいから中高一貫を受験したい」とのこと。テニススクールの選手コースでテニスを頑張っている息子を応援すべく、塾を探しはじめました。すでに四月から開講されていた公立中高一貫校コース、完全に出遅れていました。もともと学校の成績も中の中。全県模試などの少し難度の高い問題には手も足も出ない、ただただ、スポーツ万能なだけの小学五年男子。その時点で、合格は厳しいだろうとは思ってましたが、これほどまでに、勉強をさせるのがむずかしいとは考えてもいませんでした。

 適性検査の模試は、最後まで成果が表れることはありませんでしたが、全県模試や、塾の学力テストは少しずつ上がっているようでした。が、息子が勉強するのは「学校の宿題」と「塾の宿題」だけ。いわゆる、「テスト勉強」などの自習をするのは大嫌い。
最初のうちは、本人がやる気になるまで見守ろうと思っていましたが、一向にやる気になる気配がないまま、六年生の一学期が終了しました。塾のお蔭か、一学期の通知表が驚くほど良かったせいで、安心してしまったのか、夏休みから、宿題すら滞り始めてしまいました。今、思えば、この時に、主人の手を借り、少し無理矢理にでも学習する習慣をつけさせるべきでした。二学期になり、塾やテニスで忙しいことを理由に、学校の宿題がおろそかになり始め、さらには塾の宿題も当日慌ててやるようになりました。
せめて宿題だけでも、と思い、「宿題した?」と声かけするようにしましたが、「宿題したよ」と嘘をつくように。嘘に気付いた私が、「じゃあ見せて」と言うと、キレる。正直、もうお手上げでした。

 そんな時、模試の会場への送迎を主人がする機会があり、そこで、入試直前の学習のアドバイスを聞いてきたとかで、主人が息子に「今日はこのテストをやりなさい」「今日はこの課題をやりなさい」と指示するように。すると、主人が怖い息子は、嫌々ながらも、キレることなく、指示通りに勉強するではありませんか‼もっと早くに、主人に協力してもらっていれば、適性検査にも成果が表れていたのかもしれません。

 「時すでに遅し」で一次試験を通過することができませんでしたが、塾で難度の高い問題を問くようになり、全体的に、成績は上がっています。親の言うことは聞いてはくれませんが先生の言うことは素直に聞きます。先生と連携して高校受験に向けて息子を上手に学習させていきたいと思います。何しろ、まだまだ自分から積極的に勉強してくれないので、その日が来るまで根気よく続けたいと思います。時々、主人の手も借りて……。


努力した結果を発揮するために全力を尽くす

2025年度 中学受験

1 動機付け
 普段の学習は名進研の宿題程度です。必要な学力は名進研の普段の授業と宿題を理解できれば十分と思います。学校の授業より名進研の授業のほうが生徒みんなが集中しており、また気付きがあって好きだったようです。受検にチャレンジすることを最終的に決めたのは子供でしたから、その気持ちを忘れないように、と声をかけていました。
 説明会にいき、在校生の研究成果の発表は子供なりに興味を持ったようで、それも自身のモチベーションになっていたように思います。半田中学校に行けば、自分は何ができるのかを考えさせることも勉強意欲を維持するのに大事かと思います。

2 生活に関して
 普段から生活リズムは維持できていたため、受検のために特別に生活を改めることはありませんでした。やったことといえば勉強時間を1コマ45分と決めて試験時間を身体に覚えさせることくらいです。むしろ普段どおりの生活に終始したのは結果的によかったのかもしれません。説明会の段階から倍率が相当高いことはわかっていたことと、適性試験という問題の性質上、どこまで学習しても合格水準に達したと言えないこと、これらのことから、あまり合格へのプレッシャーをかけないように心がけました。
 ただ、子供には受検に向かう心構えとして、努力した結果を発揮するために全力を尽くすように、と伝えてきました。

3 学習について
 適性検査の問題は大人でも解くことが困難です。その代わり、思考力が鍛えられ、頭の体操になります。個人的に非常に興味深い内容が多かったため、子供の模試の問題を自分が解くことはよくありました。そのため子供も難しい問題などは自分に質問に来てくれることがあり、解説も自分なりに工夫したりして、考える楽しさなどを共有できました。
 また、名進研のクラス内の順位がよくなればお祝いをしていました。お祝いを目標に試験前は身を入れて勉強していましたから、中学校合格の目標はもちろん最終的にはそうなんでしょうが、目先の目標の設定も、受検という長丁場のステージには必要なのかもしれません。

4 直前アドバイス
 年末年始にも特別に学習時間を取らず、冬期講習とそれの宿題等のみ、あとは自由な時間を多くとりました。一次試験前でも学校は休まずに通いました。過度に合格への期待を持つことのないように努めました。「合格は基本的に難しい、だけどこれまでの努力を無駄にしないように頑張ろう」というようなことを伝えていました。
 一次試験当日はとにかく各時間配分を考えるように伝え、シンプルなアドバイスに努めました。名進研に通い、模試を何度も受けたことがあったため、緊張はしていましたが、それほどではなかったように見受けられました。むしろ初めての模試の方が緊張していたくらいです。一次試験後、自己採点をすると得点率は七割弱でしたので、相当厳しいな、というのが正直な感想でした。
これまで模試でももっと得点が取れていた印象でしたので。どの塾も点数に関して何も発表はなかったこともあって、正直面接の練習をする気持ちにはなりませんでした。
 一次試験で合格していたことを知り、喜び、驚きながらも、一次試験の点数が低いことを想定した面接の練習をすることにしました。正直これまで特別に面接の練習をしたことが無かったことから、志願理由書の内容をもとに想定問答を自分が作成し、それを子供に答えさせ、頭にインプットさせました。想定問答では、子供が夏休みにやった自由研究を、自身が経験した探究学習としてアピールしようと考えたので、これまでやってきた自由研究をすべて子供に読み直しさせました。小学生のときに学んだことを振り返り、自分の言葉で説明できるように練習を重ねました。想定問答の回答部分を丸暗記するのでは想定外の質問がきたときに答えられなくなるので、子供自身が伝えたいことがきちんと説明できるように練習を重ねました。最後に前日夜20時過ぎから名進研の先生に無理言って面接練習をお願いして、「すごくいい」とほめていただいて本人も面接に自信をもって臨むことができました。このことが合格につながったのは間違いありません。


受験体験記

2025年度 中学受験 東海中学校

 この度、東海中学、滝中学、名古屋中学、愛知中学の合格をいただき、この春より東海中学校へ進学する息子の母です。

 まず、息子が中学受験を決めたのは私が私立中学出身であり、充実した六年間を過ごした経験があったからです。

 四年生の後半から名進研へ通いましたが、中学受験は親が決めたこと、息子自身の性格が闘争心ゼロなのも相まって、沢山出る宿題をこなす毎日に息子はとても辛そうでした。ですから、そもそも中学受験に挑戦することが息子にとって正しいのかと悩む日々でした。

 五年生時は名進研のペースに慣れて来ましたが、名進研を辞めたいことだけは引き続いておりました。他の習い事もあったため、そちらで塾のストレスを発散したり、週末に遊びに行く時間もまだあったため、何とかバランスを保っていました。

 そのまま六年生になっても名進研辞めたい病だけは相変わらずでしたが、息子なりに最後の年だと覚悟(諦め⁈)を決めたようです。しかし名進研がよりハードになってストレスも激増でした。息子が反抗期に入ったこともあり、私との喧嘩が増えてきました。そんな中、先生にご相談することも増えましたが、適宜、息子と面談し、対処法を教えて下さいました。お蔭で塾を辞めることなく、完走出来たと思っております。

 六年生時の夏期講習明けのプレ中にて偏差値が62まで伸びました。いつもは感情を表に出さない息子が初めて嬉しそうにしました。

 これからはこの数値よりも下回らない様に頑張ろう‼と家族で決意を決めました。しかしそこから順調に進みました‼とは言えないのがまさに受験勉強ですね。あっという間に六年生も後半になり十二月下旬の六年生最後のテストが滝中プレでした。まさかの合格率20%から50%判定‼そんな成績で親の私が動揺していると、先生が『彼はいつも最後はやってくれる男なので信じてます‼』と私の目を見て真っ直ぐ言って下さったのがとても心強かったです。ここで家族一丸で切り替え、怒涛のラストスパートをかけることができました。

 最後の一月からは小学校を休みにしておりましたので、東海の試験時間と休憩時間に合わせて各教科を取り組むようにしました。
その中で分からないところを午後から早めに行き、先生に質問するルーティンを行いました。苦手な単元は追加でプリントを貰いとにかく解きまくりました。両親から見て、この最後の一ヶ月の集中力、ラストへのレベルアップの勢いが凄かったです。最後の一ヶ月だからと決して諦めないで下さい。そしてお子様を信じてあと少しの本番まで伴走してあげて下さい。

 六年生になると塾からの膨大な量のテキスト、プリントも増えてきますが、後回しにせず、早めに宿題をこなし、その後は復習にどれだけ費やすことができるかだと思います。その時間を確保するのも難しいですが、時間のやり繰りも今後に役立つ練習だと思って、もうやるしかありません。いかに限られた時間の中で効率的にやるか、是非とも校舎の先生方にご相談なさって進めて下さい。

 ここまで導いて下さった先生方、特に国語担当のA先生はノートに書いて下さるコメントがいつもとても丁寧で、毎回楽しみにしていました。最後に息子宛に書いて下さったメッセージがあまりにも感動的すぎて、いつ読んでも大号泣です‼受験のお守りにしたいと、先生からのノートと成績優秀者の賞状も持ち合わせ本番に挑みました。

 名進研はこんな素敵な先生と出逢えます。

 親もかけがえの無い体験をさせていただきました。本当に本当にありがとうございました‼


そこを目指さないとほかも行けない

2025年度 中学受験 金城学院中学校

 我が子が中学受験のために通塾を始めたのは五年生の時。五教科ではない習い事で、非認知能力を高め、リーダーを育成するというオンライン塾ではとても素晴らしい仲間たちと過ごしていました。「私立受験する子はそういう目標に向かって頑張る子たちで、この習い事をやっているような子たちが集まるよ」という私からの提案で、娘も「そういうお友達のいる学校に行きたい‼」と私立受験に興味を持ち始めました。知り合いのお子さんがちょうど学習院初等科に入学したこともかなり刺激を受けました。そのオンライン塾の曜日と名進研の通塾が重なっていたため、五年生の一年間は名駅校のDクラスでお世話になりました。名古屋まで通うことに早くから慣れたのは良かったです。

 そして六年生からは一宮校へ。スケジュール管理、テスト直し……やることはたくさんあり、プレ中の保護者会で教えていただいたことを共有し、口うるさく何度も伝えてもやらない等、怒ることもしばしばありました。それでも娘は勉強を嫌がることも受験を嫌がることもなく黙々と勉強を進めていました。プレ中の結果は志望校にはまったく届かない日々でしたが、第一志望校を変えることはなく、「そこを目指さないと他も行けない‼」の考えのもと頑張っていました。学校の宿題は担任の先生のご配慮もあり、やれなかった日は塾でこういうことを学んだとアウトプットをさせてもらっているようでした。算数の授業では先に解けた子が周りの子に先生として教える、という役割があるようですが、いつも「今日もいろんな子に教えてきたよ。」と嬉しそうに報告をしてくれました。

 我が家の場合は恥ずかしながら他のご家庭のように『家族一丸となって』の受験ではありませんでした。夫は勉強ばかりの娘に「かわいそう。」と寝る前や入試直前にYoutubeを制限なく見せたり、「あの学校は勉強ばかりで大変だよ。」とマイナスイメージを伝えたりと、私も娘もイライラしてしまうことが多々ありましたが、応援してくださる名進研の先生方、お友達、妹と何より本人が最後まで頑張り続けた結果つかみ取った合格だと思います。このようなご家庭はまず無いと思いますが、お子さんとそして名進研の先生方を信じていけば明るい未来が待っています。

 二年間の通塾、そして速読とたくさん能力を伸ばしてくださりありがとうございました。


あっという間だった中学受験

2025年度 中学受験 滝中学校

〈参考〉
 滝中合格(第一志望校)、南山中女子部合格、愛知淑徳中合格、愛工大名電中合格

〈入塾前の過ごし方〉
 幼い頃から読書が好きで図書館に通ったり、水族館や博物館などによく遊びに行っていました。興味のあるものへの観察力、集中力は親から見ても目を見張るものがありました。
 このような体験が興味関心を広げ、中学受験の学びに結びつき、楽しく勉強できたのではと思います。今後、中学受験を考えられている方は、子どもの関心を広げる体験の場も作ってあげられると良いと思います。

〈入塾お断り?〉
 小五の二月、娘の希望で中学受験を考え始めましたが、「今の時期からの入会は難しい」と厳しい反応でした。名進研入会の条件として、受験まで勉強し続ける覚悟はあるか(勉強習慣が無かった)、親は、成績が奮わなくてもリタイアせずに我慢できるか、を示されました。
 娘が頑張ることはもちろんですが、親は娘が受験に集中できる環境を整えること、どんな結果になろうとも良い中学受験だったと思えることを意識して、中学受験することに決めました。
 親は、私立と公立中高一貫校の迷いがありましたが、通塾頻度が高く問題難易度も高い私立中学受験コースで開始しました。娘の希望で公立対策はしないまま、秋頃に私立中学に絞りました。

〈小六前期〉
毎週出される課題を必死に取り組みました。毎月行われるプレ中学入試は、今までの勉強の成果を図る良い機会となりました。
また、終了後はランチに行ったり観光したりと親子共に良い気分転換になったと思います。 

〈小六後期~受験直前期〉
 前期よりも、さらに多くの課題が出ますので、親が進捗状況を定期的に確認して、積み残した課題があればスケジュールを修正して、集中して勉強できる環境を整える必要がありました。
 直前期は、幸い体調を崩すことなく感染症の流行も無かったので、小学校は休みませんでした。色々なことが気になりますが、「今までどおり」を意識して、穏やかに過ごすよう心がけました。

〈親の役目は体調管理と子どもを信じ続けること〉
 遅いスタートだったことから、親子共に焦りがありました。はじめは、膨大な量の課題をこなせませんでしたが、通塾日は9時まで自習室を利用し、帰宅後はすぐに寝る習慣を付けました。全期間を通して、遅くとも10時30分までには寝かせて睡眠時間を確保しました。
 共働きで目立ったサポートはできず、名進研にお任せしていました。それが、程よい距離感でいられて良かったと思います。
 娘が入試前日、「あっという間だった」と言いました。娘は淡々と毎日を過ごしており、だらけているように見えるときもありましたが、前を見続け頑張り続けたんだなと実感しました。親の役目は、子どもを信じ、応援者であり続けることだと思います。

〈最後に〉
 短い受験期間で合格を勝ち取れたのは、娘の努力と名進研の先生方のご指導のお蔭だと思っています。大変お世話になりました。
 皆さまにとっての中学受験が充実したものになることを願っています。


自分で決めて挑戦した中学受験

2025年度 中学受験 滝中学校

 小学四年生から名進研にお世話になり、四月から滝中学校へ息子が通います。

 息子が小学二年生の頃、夫の海外赴任が決まり、家族で帯同するかどうかを悩んでいました。その後コロナウイルスが大流行し、海外ではロックダウンもあり、いよいよ家族で赴任先へ引っ越すことが難しくなりました。夫は海外へ、私と息子は日本で暮らすことになりました。

 小学校が休校になっているときも、オンラインやほかの教材を使って学んでいましたが、何か物足りなさを息子も私も感じていました。小学校三年生の終わり頃、中学受験を視野に入れるのであればそろそろ塾探しをしなければと思い、名進研の入会テストを受けました。JSクラスで頑張りましょう、と言われたものの、ついていけないのでは……という心配もあり、JAクラスを希望したほどです。しかし先生から、“ついていけなければ、その時クラスを変更すれば良い”と言っていただき、四年生から入会を決めました。昔、私も中学受験を経験していましたので、春期講習から息子も始めるのだろうと考えておりましたが、彼は「塾は四年生になってから行く」とゆずりませんでしたので、彼の意見を尊重しました。

 入会してからは、やはり春期講習ですでに学習しているお友達もいて、授業についていくのに親子で必死でした。何とか授業内容を理解させ、宿題を終わらせることに集中するあまり、息子に対して口調が強くなってしまうことも何度もありました。私がチェックし、学習を見ているためか、実力テストでもそれなりに成績はとれていましたが、私自身の経験から、中学受験は“親子の受験”というイメージや意識が強く、これから長い受験までの道のりを、このまま走り続けることができるのだろうか? と不安になることもありました。しかし、夏休みが明けた頃くらいに、所属校の先生から、“失礼なことを言いますが、このままでは彼の心がいつか折れてしまう心配があります。お母さんも疲れてしまうので、学習については名進研に任せてください”とお話がありました。やはりその後、成績は落ちましたし、不安もありましたが、夫と相談し、先生方は受験生を大勢みてきているプロなのだから任せよう、と決め、先生からアドバイスいただいたとおり、“宿題を集中して行っているか?”だけを見るようにしました。受験までJSクラス、難関クラスのままでしたが、五年生の土ゼミでは、授業を真剣に受け宿題を丁寧にしないと下のクラスへ降格するという経験をしました。降格後は☆☆をとらないと元のクラスへ戻れないため、息子はとても苦労していたように感じます。イライラしていることが増えたり、学習がうまくいっていないのでは? と感じたときは、所属校の先生に連絡させていただき、その時々で彼にアドバイスをしていただきました。

 五年生からは学校説明会や体験授業などに一緒に出掛け、志望校を決めました。息子は「絶対に共学に行きたい」、「体験授業が楽しかった」、「広い校庭で走り回りたい‼」と滝中学を目指し始め、色々な学校を見学する中でも、最後まで第一志望校がゆらぐことはありませんでした。幼い頃から、できるだけ自分で決めてほしい、という思いで育ててきました。中学受験も夫の赴任があったとはいえ、“挑戦する気持ちがあるなら応援するし、受験をしないなら高校受験をすることになるよ。どちらの選択をしても良いし、途中で変えられないこともないよ。”と話し、彼自身が「勉強したい」と決めました。上記のように想ってきたのにも関わらず、小四のときは口出ししすぎてしまい、とても反省しています。あのときアドバイスくださった先生も同じような考えだったそうで、“二人三脚は良いけれど、彼は自分でやっていく力がある。いつも誰かに言われてからしか動けない子にはしたくないですよね。”という意味でした。

 六年生は勉強量も多く、見ているこちらが心配になるほどでしたが、名進研がうまくスケジュールを立ててくださっていることもあり、「ペースをつかめばできるよ‼」を息子が言っていて、とても頼もしく感じたことを覚えています。

 何より、所属校の授業も、ターミナル校での講習も、彼にとって楽しいものだったそうで、学校行事があった日も休まず通うことができました。

 息子のためにいつも一生懸命アドバイスをくださった所属校のM先生、N先生、K先生、I先生に感謝を申し上げるとともに、子どもへの接し方や言葉がけについても、言いづらいことにも関わらずしっかり伝えてくださったことを本当に有り難く思っております。

 “自分で決め、挑戦し、合格した”

 このプロセスは息子にとって、とても貴重な経験となり、きっとこの先もこの経験が力になるのだろうと考えます。

 受験直前にも、先輩方や保護者の方が書かれた受験体験記を拝読し、気持ちを落ち着かせたり、息子も私も力をいただきました。

 この体験記が同じように、受験生やそのご家族の力になれば幸いです。ありがとうございました。


名進研とともに歩んだ中学受験

2025年度 中学受験 名古屋中学校

 このたび、我が子は名古屋中学校、愛工大名電中学校に合格し、四月から名古屋中学校に通学することになりました。名進研の先生方には大変お世話になり、感謝しております。

 長きに渡った中学受験生活では模試で思うような結果が出ずに苦しんだこともありました。しかし、中学受験での最大の収穫は我が子が目標に向かって自分を律し、懸命に努力を継続できる力を身につけたことだと思います。小学生なのに朝から晩まで集中して勉強に取り組む姿には、自分の子ながら尊敬の念すら抱きました。第一志望の東海中の残念な結果を見て沈んでいる様子に、胸が締め付けられる思いもありましたが、目標に向けてコツコツと頑張る力は、これからの人生で大きな武器になると思います。

 息子は理科を得意としていましたが、名進研若水校での日々の授業では理科の面白さを教えていただきました。授業から帰ってきて今日はこんなことを教わったと目を輝かせながら伝えてくれたことが印象的です。算数は決して嫌いではありませんが、東海中の算数の難しさもあり随分苦労させられました。しかし、名進研での授業を通じて算数の難問を解けた時の楽しさを実感することも多かったようです。模試では合格圏の偏差値には達しませんでしたが、一月に入ってからの頑張りを見ると親バカながら、東海中の入試ではいい点が取れたように感じています。社会はなかなか覚えられないこともありましたが、名進研での授業で聞いたちょっとした豆知識を手がかりに記憶の定着に役立たせていたようです。国語の読解には苦労しましたが、名進研の解き直し重視の読解問題の解き方を研究して最終的にはかなり力がついたように思います。

 四月から通う名古屋中学校では、勉強に部活に学校行事に意欲を示してくれているようです。確かに中学受験は遊びたい盛りの小学生にとっては過酷な経験かもしれませんが、名進研に通ってハードな勉強を続けた経験が、人生の課題に前向きに取り組める力を育んでくれたように思います。これで我が家の中学受験生活は終わりますが、とても充実したいい受験でした。名進研の先生方には、時には弱気になる子、そして親を叱咤激励していただきありがとうございました。なんとか完走できたのも名進研のカリキュラムを信じて努力してきたからだと思います。本当にお世話になりました。


息子の中学受験を振り返って

2025年度 中学受験 名古屋中学校

 この春、息子は第一志望の名古屋中学校に進学することになりました。学区の中学校に通わせることに不安があり、本人とも相談した結果、中学受験をすることに決め、名進研に入会したところから受験勉強が始まりました。息子は元々サッカーのクラブチームに入りスクールにも通い、サッカーばかりの日々でしたが、「名古屋中学でサッカーをしたい‼」という気持ちで勉強を優先し頑張ってきました。入会が五年生の四月と遅めだったこともあり、はじめは勉強についていくのが大変そうで、内容も本当に小学生でこんなに難しいことをやるのか⁈と思うほどの問題ばかりで、この先受験を最後までやりとげることができるのか、と心配な気持ちもありました。それまで学校の宿題くらいしか家で勉強していなかった息子ですが、先生方のご指導もあり徐々に塾にも慣れ、六年生のプレ中では毎回偏差値を少しずつのばすことができていました。しかし、合格判定で80%以上をとれていたことで気のゆるみもあったのか最後のプレ中でがくっと偏差値が下がり、試験が近づく中、親の方が焦っていました。息子は息子で、第二志望の中学でいいなどと言い出しており、受験直前にやる気が出ないような様子でした。何度も親子で話をし、先生にも面談をお願いして残り約一ヶ月の過ごし方を再確認し、最終的にはサッカーのチームメイトからの応援などもあり、なんとか持ち直すことができました。

 長い受験勉強の期間モチベーションを保ち続けることは難しく、まだ十二歳の子どもで勉強ばかりというのも辛かっただろうと思います。親としても合格してほしい一心で、勉強勉強と口うるさくなってしまい何度喧嘩したことか……。それでもやり抜き合格を勝ち取ることができたのは、息子にとって自信になったことだろうと思います。支えてくださった先生方には感謝してもしきれません。合格発表のあと校舎に挨拶に伺った際も温かい言葉をかけてくださり、息子も嬉しそうでした。「入学後勉強についていけるか心配で」と話すと、「名進研でのたくさんの課題をこなせたんだから大丈夫ですよ」と心強いお言葉をいただきました。確かにそうだなと思えるほどの勉強をしてきたので、勉強したくないと言いつつも、頑張ってきた息子ならきっと大丈夫だろうと思います。勉強もサッカーも全力で取り組み、充実した六年間が過ごせるよう願っています。


中学受験を終えて

2025年度 中学受験 名古屋中学校

 子供が勉強をそんなに苦手ではなさそうで、周りに受験をする家庭が多い環境だったので、流れで「やってみよう」というぐらいの気持ちだったため、六年生になってからは特に大変でした。宿題の多さと自由時間の無さで子供が夏頃に音を上げてしまい、そこからは「メンタルを整えることを第一にする」という方針に切り換えました。幸いにも名進研の先生方は相談にのってもらいやすいので、色々と子供の性格面にも配慮していただき、六年生にしてはスローペースにしつつ、じっくりと基礎を固めていくことにしました。

 息子は量があまりこなせないので、どの宿題を優先するのが良いか、どの科目を先にやるべきかなどは各教科の先生方に細かく相談して指導をいただきました。名進研は他よりも「相談がしやすい」と私は思っているので、とても助かりました。宿題を調整してからは、本人の好きなゲームも(時間を決めてですが)ある程度は遊べることができ、それが逆に息子には安定する効果があって、やる気が回復して自習室にも行くようになりました。もちろんゲームはしない方が普通だろうとは思ったのですが、息子には必要な休息になっていたので、自分の子に合わせたやり方を親が模索していけばいいのではと思った受験でした。

 また、息子は一人でやるよりライバルがいる方が問題にやる気が出るということに気がついたので、冬からは私も息子と全く同じ過去問を解いて、点数を競うことにしました。大人の方が長じてる分野もあれば、もう忘れてしまった分野もあったりで、意外と良い勝負になり、息子と一緒に何点だっただの、ここの問題は難しくて飛ばしただの、子供と同じ目線になり、楽しく過去問に取り組めた気がします。自ら受験に立ち向かえる性格であればここまでする必要もないのでしょうが、うちは流れでスタートを切っていたので、とにかく子供に最後まで走り切ってもらうためにどうやってモチベーションを維持していくか、試行錯誤の六年生でした。
しかしお蔭さまで、基礎をしっかり固めたことで成績は徐々にですが上向きになり、最終的には第一志望の名古屋中学に合格をいただけて、ホッとしました。たくさん相談に乗っていただいた校舎の先生方に大変感謝しております。


その選択が正解だった

2025年度 中学受験 東海中学校

 こうやって書いた保護者の声がなかなか見当たらず、私自身が不安を味わっていたので、初めに書いておきます。名進研のカリキュラムとテキストを信じ、それ以外は個別指導や参考書などまったく買わずともJクラスであっても東海中・滝中に合格できます‼(男子なので南女は確信を持って言えませんが、きっと大丈夫です)。点数が伸びない時など、ネットで色々調べたり、特に苦手教科についてネットで勧められている参考書を買うべきか個別指導を受けるべきかなど、自分自身も調べて迷ったこともありますが、結局何もせず、その選択が正解だったと今は思います。なお、夏休みや冬休みなど連休中の講座と日曜講座の受講は必要で、特に下半期の講座は合格に直結した内容だったと思います。

 ただし、塾に行かせていただけで家で何もしなかったかというと、違います。名進研からの課題を確実にこなすとともに、日曜講座の復習は毎週やっていました。この「課題を確実にこなす」というのが実際は大変で、やりきれない・日曜講座の復習まで手が回らないこともしばしばありました。そういったとき、所属校の先生に相談し、課題を親の判断でスキップする(やらないではなく、明らかに解ける問題や時間がもったいないと思える問題を飛ばす)ようにさせてもらいました。また、丸つけを親が代行して間違った問題だけ本人に直させたり、理解できていなさそうなところは解説を解説する、小五までやっていたテスト前の総復習もやめプレ中はぶっつけで臨むなど、なるべく時間を作り出す努力を親の方でしていました(丸つけは子供自身が自分でするようにと保護者会で言われていましたが、うちでは効率を優先しました)。そうしていくうちに、課題をこなすことと日曜講座の復習が確実にできるようになり、勉強の時間帯が安定的になっていき、そのタイミングで一週間のスケジュールを固定化し、テストがあるときは日曜講座の復習時間をテストの直し時間に割り当てて対応していました。そうやって、課題・復習・テスト直しを徹底すれば、きっと大丈夫です。なお、参考書は買ってないと書きましたが、正確には志望校であった東海中のみ過去問を六年分購入しています。名進研からは後期に東海圏の様々な中学の三年分の過去問をいただき、夏期講習後に受験予定校を中心に過去問を解く順番を家庭で決めるよう言われますが、この時に、東海中のみ年内に六年分一巡できるように調整しました。あとは名進研以外の模試も受けました。カリキュラムから逸脱したのはこれくらいだと思います。

 また、一月の過ごし方です。これはご家庭により色々な考え方があると思いますが、うちでは一月いっぱい学校を休みにすることとしました。本人が行きたいといえばその意見を尊重しようと思っていたのですが、どっちでもいいという(主体性のない……)答えだったのと、インフルエンザが怖かったので、始業式から休んでいました。ここではただひたすら過去問の二巡目と日曜講座の復習・東海プレの復習、塾にお願いして追加の過去問をもらって解くなど、とにかく復習をしていました。家にいるばかりだと気が滅入るので、自習室を最大限に活用させてもらいました。

 振り返ってみれば、自分自身が楽しんでしまっていた部分があるかなと思います。こんな解き方をするのかとか、よくこんな問題解けるなとか、この分野はもう子供に勝てないなとか、これは苦手単元だけど東海に出ないからいいやなどなど。復習をしっかりやって、の言葉だけではうまくいかないと思ったので、特に一月は細かくやるべきことを指示していました。きっと中学受験が親子で一緒に同じ目標に向かって何かをやる最後のイベントなので、干渉しすぎかもと思いながらもついつい戦略を考えてしまっていました。これがよかったのかどうかは正直分かりません、悪く言えば指示がないと動かなくなってしまう恐れもありますし、成長の早いお子さんであれば自立心が育っていて反発もしてくると思います。それでも、最後に鬱陶しくなかったかと聞いたところ、色々教えてくれてありがとうと言われたとき、嬉しくて涙が出てしまいました。自分にとってもかけがえのない日々だったと思います。

 受験生の親御さんは、何度も不安に襲われます、また偏差値や順位に一喜一憂するなと言われてもしてしまうと思います。しかし、その時に子供に負荷を追加するようなことをしない、ただ名進研のカリキュラムを信じて復習を徹底すること、それで何とかなった家庭もあるということを知っておいていただければ、少しは不安も和らぐかなと、この体験記を書こうと思いました。ぜひ皆さんが志望校合格を掴み取りますように。

 最後に、所属校の先生方には大変お世話になりました。適切に課題を提示いただくだけでなく、時に厳しく時に励まして子供をその気にしていただけたことで、塾に行くことが嫌なものではない、勉強することが苦しいものではない、そういった環境に導いていただき、勉強を最後までやりきることができたのだと思います。本当にありがとうございました。


みんなで走りきった、難関校チャレンジ!

2025年度 中学受験 東海中学校

 小四から三年間、お世話になりました。息子と家族、名進研の先生方と共に走り抜けた三年間について、少し振り返ります。

 小四から小五の冬まで土曜日クラスに週一回通っていましたが、その後、αクラスに入ることを決めました。それまでは他県から通塾していたことと、通塾頻度を減らし子供の負担を軽くしたい思いがあり、土曜日クラスを選んでいましたが、五年生になると土曜日クラスの授業時間が増え、本人は少し負担を感じるようになりました。また本人の難関校に挑戦したいという希望もあり、小五の冬にαクラスに進む決断をしました。結果として、平日に負荷を分散することで本人は負担が軽減され、難しい問題にも積極的に取り組むことができたため、この選択は正解でした。

 小五の二月頃、本人が最難関校を目指したいと言い出し、家族全員で応援することを決心しました。そこから、非常に大変な一年が始まりました。勉強方法や過去問の解き方、時期ごとの優先教科や単元など、わからないことが多かったため、先生方にどんどん相談し、アドバイスをいただきながら進めました。

 家族も全力でサポートしました。妻は勉強スケジュールの作成や宿題の進行をサポートし、理科や社会の記憶分野のプリントを作成して家の壁に貼り、お弁当の準備もしてくれました。私は名進研の送り迎えや塾、中学校関連のイベント対応、理系科目の解説を担当し、弟はゲームを制限するなどのサポートをしました。

 小六の夏休み前からは、特に勉強時間が増え、睡眠時間も少し削りながらの日々が続きました。過去問を解き、分からなかった問題は授業前後に積極的に質問し、先生に教えていただきました。おかげさまで成績も向上し、サピックスオープンの偏差値も着実に伸ばすことができました。しかし入試一~二ヶ月前には、最難関校過去問の点数がなかなか伸びず、焦り、苦しい時期もありました。この時期は焦りを和らげ、励ますような声かけをしつつ、わからない問題はその都度、先生に質問し、一問一問を地道に取り組み、何とか合格点がとれるところまで伸びました。そしてやはり体調が一番大事だと思います。十一、十二月頃には疲れが見えだしていたので、最低七時間は睡眠を確保するよう、心がけました。前日に睡眠時間を十分確保できなかったテストは結果が良くないことが多かったので、受験前日はしっかりと睡眠時間を確保しました。これら努力が実を結び、最終的には東大寺学園、西大和学園、東海中など、多くの学校に合格することができました。そして、改めて各合格校の校風、特徴、通学時間等を本人に説明したうえで、本人の意思で入学校を決定しました。

 受験を振り返ると、こんなにも勉強させて負担が大きすぎるかな、など考えた時期もありましたが、特に六年生の一年間はもの凄い根性で、ハイペースで走りきり、とても成長したと思います。受験を通し、深い思考力や勉強習慣、努力の大切さ、時には挫折を経験することなど、今後の人生において重要なことを学び、経験することができました。

 また算数の先生の授業が非常にわかりやすく楽しかったようで、算数が大好きになりました(立体の切断の達人になり、今日もいろいろな角度から切っています)。学問の楽しさを実感することができたことは、とても貴重な経験で、感謝しております。

 少し思い出話ですが、仕事帰りの夜9時に塾に迎えに行き、助手席に乗り込んだ息子が妻がつくった鮭おにぎりを本当においしそうに頬張る、その笑顔が忘れられない良い思い出です。

 受験勉強で疲れがたまった息子が、名進研(名古屋)に向かう電車で寝過ごしてしまい、折り返して伊勢方面に向かう電車の中で気持ちよく目覚めたこともありました(あれ?この景色どこだっけ?……‼)。

 特に小六は大変な一年でした。

 現在は受験を終え一ヶ月程ですが、人間らしい生活を取り戻し、中学校への入学を待ちながら、小学校生活を楽しんでいます。
部活動についても、どれにしようかとワクワクしながら考えています。頑張った分、思い切り中学校生活を楽しんでほしいと思います。 名進研の先生方には、急なお願いにも真摯に対応していただき、本人の長所と短所をしっかり把握し、的確なアドバイスをいただき、心から頼れる存在でした。

 名駅校の先生方、本当にお世話になりました。親から、息子からといろいろとご相談、質問させていただきましたが、いつも親身にご対応いただき、心から感謝しています。本当にありがとうございました。


中学受験は子供の成長を間近で見ることができる

2025年度 中学受験 東海中学校

 息子は姉の後を続くように五年生から二年間、名進研でお世話になりました。姉の中学受験の様子を見ていた息子は「あんなに勉強はできない。でも受験はしたほうがいいんでしょ?」と、とても消極的で決して自発的とは言えない中学受験の始まりでした。
 そんな息子も受験期には意欲的に取り組んでおり、第一志望への合格を勝ち取ってくれました。息子の精神的成長と変化と、親として意識して行ったサポートについてお伝えさせていただきます。

【五年生】
 塾に通い始めた息子は授業は楽しいが、ゲーム時間が減ること、宿題が多いことなど不満を言っていました。そんな息子に対して多くを望まないよう勉強スケジュールの作成を行いました。このスケジュール作成は姉の時もやっていましたが、勉強習慣を定着させるためには、かなり重要だと思います。授業の復習と与えられた宿題、授業と同じ範囲の別の問題集の基本問題を中心に組みました。一週間単位で具体的にその日にやるページを示し、その範囲が終わればゲームも含めて自由時間としました。息子は終わりが見えているほうが集中するようで、はやく範囲を終わらせ、ゲームをしていました。自分で答え合わせをすると雑になる時があるので、定期的にチェックと口頭試問をして、ただこなすだけの課題にならないよう、短い時間で身につかせる意識をさせました。
 さらにこの時期は受験を自分ごとにすること、勉強する楽しさを知ってもらうことを意識して、学校説明会には積極的に参加しました。受験可能性のある学校中心に六校ほど息子と一緒に回りました。娘の時と同様に各学校の特色と良い点を知ってもらい私立の魅力、ここに行くためにみんな努力をしてきていることを知ってもらいました。
説明会で熱望校ができてから勉強に対する姿勢が変化、宿題や課題の多さに文句を言うことはなくなり、成績も緩やかに上昇、ゲームも平日はなし、週末に息抜きとして一~二時間する程度まで減りました。
 娘の時も思いましたが、親としては五年生での関わりが一番大事で一番大変だったと思います。

【六年生前期~夏休み】
 塾からの宿題の量も増えるので、基本は宿題と週末はその授業の内容を復習をするサイクルで回し、日曜特訓の復習は二週間後に行うようにして知識の定着を図りました。まだまだ緊張感はありませんでしたが、六年初めに家族全員で最後のゲーム大会をしてゲームの一時卒業も行いました。
 夏休みはスケジュール管理を再開、夏休み期間中は今までの範囲の総復習ができるように自習室も利用して取り組んでもらいました。とにかくコアマスターステップ2までをひたすら行い、基本問題の理解と定着を目指しました。

【六年生後期~直前期】
 娘の時と同様に週末の過去問スケジュールを組んで、一緒に解いたりしました。九〜十月はかなり好調子でしたが、十一〜十二月は不調と変動の大きい期間でかなり親としてはモヤモヤしました。名進研の先生とも面談をして、ある意味、実力がつき難問にも手が出せる状態だとポジティブにとらえました。詰め込んだ知識の整理が最後の課題と息子とも共有し、直前期はひたすら知識の穴を埋める作業をしてもらいました。気づけば自習室には最後まで残り、自宅でも黙々と課題を取り組んでいました。

 第一志望校の受験日は自信をもって迎えることができたようです。五年生の時には考えられないような精神的成長をした息子を誇らしく思いました。中学受験は子供の成長を特等席でみることのできるイベントだと思います。娘・息子と四年間中学受験を経験して家族にとってもかけがえのない時間になったことは間違いありません。

 最後になりましたが、二人の合格を支えてくれた名進研の先生方には本当に感謝しております。本当にありがとうございました。


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