名進研 合格体験記
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保護者の声・評判

中学受験を終えて

 四年生の夏休みから始まった中学受験を終えて、これからは第一志望校へ通うこととなりました。

 娘の中学受験は、私たちにとっては想定外のことでした。両親ともに公立校に進学しており、中学受験は考えたこともありません。しかし、四年生の夏休みに、両親は共働き、兄は朝から部活動のため、一日中ひとりにしておくことが心配であり、何か習い事はないかと探し、その時出会ったのが名進研の夏期講習でした。

 通信教育を受講していた時もありましたが、すぐに飽きてしまい、付録を楽しむだけで教材は手つかずの状態でしたので、夏期講習のみの予定で受講させて頂きました。

 しかし、予想に反して娘は毎日楽しみに出かけていくようになりました。先生方の熱意により、問題を解くことの楽しさ並びにテスト結果等による競争意欲に火が付いたのではないかと思います。そのおかげで、親から見ても投げ出したくなるような問題に取り組み、夜遅くまで一生懸命に復習している姿を見て、我が子ながら感心したものでした。

 ただし、順風満帆な中学受験ではありませんでした。最初は、戸惑いもあったのか成績は停滞しましたが、雰囲気に慣れてからは順調に伸びていきました。しかし、良くても悪くもマイペースな娘ですので、ペースがつかめた六年生時には、四、五年生時に比べて難度は高く、範囲が広くなっていますが、のんびり状態が続いていました。早く始めないと睡眠時間がなくなってしまう等と親の方がハラハラしていましたが、本人はお構いなしです。深夜まで起きていることも多く、体調が悪くなるのではないかと不安でしたので、何度も退塾しようか考えたものです。何度言っても改善しない娘を見て、親のイライラが募り、保護者会で教えて頂いた「子供に言ってはいけない言葉」を何度言ってしまったものか。振り返ると「反省」の一言しか出てきません。

 成績もアップダウンが激しく、どうしたものか不安になり、度々先生方に相談させて頂きましたが、的確なアドバイスをして下さるとともに、校舎での娘の状況等を教えて頂き安心しました。

 受験直前のテストゼミ等は散々な結果でしたが、娘は最後まで楽しく通い、友達と励ましあいながら受験に臨むことができました。中学受験を通して、親自身も勉強し、成長させてもらったように感じています。

 子に対して出来たことは、健康に気をつけること位しかありませんが、無事に中学受験を迎えられたのは、共に目標に向かって努力する友達の影響も大きいですが、熱心に指導し、娘の色々な話を聞き、最後まで見守って下さった名進研の先生方のおかげだと実感しています。今までありがとうございました。

合格のために父親としてできることを

 合格おめでとう。四年間勉強お疲れさま。娘が封筒を開けたとき、左後方に座っていた私の眼に合格の文字が一足先に飛び込んできました。思わずガッツポーズをしてしまいました。思えば小学二年生の冬、娘が受験したいと言うので賛成しました。「もっと難しいことを勉強したい。」と語る娘を頼もしく思いました。

 大学受験で競う相手は、中高一貫の難関校出身者ばかりです。入学六年後には、然るべきレベルに達する必要があるため、上位校合格以外は考えられませんでした。同時に父親としてできることは何かを考えたところ、モチベーションの維持、土日に新単元の予習のサポート、テキストの未習問題やトップレベル講座EXの問題の解説、保護者会への出席、子どもの喜怒哀楽を受け止めること、そして学費の工面でした。また、妻の不満を全身で受け止めることも喫緊の課題となりました。

 モチベーションの維持は最大のネックで、勉強を投げ出したくなったり、眠くなり暴れたりと小学生らしい反応を受け止めるには忍耐が必要でした。塾の迎えの車内や寝る前に娘とよく話しました。私の中学校から大学院までの様子を知りたがりましたので、話の中でなぜ勉強しなければならないのか、困難をどのように克服したか、これまでの失敗談などを織り交ぜながら言葉を選びました。

 勉強面では、予習、授業、復習、テストという生活サイクルの定着に努めました。復習中心と謳われていますが、テストゼミで九割以上の成績を取るには予習が必須です。学習事項を親も把握しておき、例えば、畜産物や作物の産地など子どもが興味をもてるよう工夫しました。みかい鳥や北かみ牛などありそうでなさそうな動物を語呂として誕生させました。テストで活用できたか、産地の順位に年度変更がないかを確認し、適宜修正しました。また、実力テスト予想問題や社会・理科のテキスト準拠穴埋めプリントを自作しました。塾の未習問題やトップレベル講座EXの復習でわからないときも教えました。トップレベル講座EXのテスト直前には、ラ・サールの算数の問題を至急解けとメールをよこしたのですぐに返信しました。テスト後、考え方がわかった、できたと嬉しそうに車に乗り込んで来たので安心しました。

 娘はまだ精神的に幼く、ノートを点検されることに抵抗がなかったので理社の漢字の間違えを指摘しました。理科では「てこ・滑車」、「物質の溶解・濃度」の特訓を行いました。図全体を眺めている為に、問題の関心領域に目が向いていないことがわかりました。例えば滑車の糸にかかる力を求める問題では、問題となる滑車及びそれに架かる糸のみを取り出した図を書かせました。直接解説できない日には、図入りの詳細な解説をレポート用紙に書き置きしました。「てこ、苦手」が口癖でしたが、苦手と騒いだときこそ父親の出番です。苦手を得意にすることは可能で、点数を取らせれば自信がつきます。逆に得意と思いこんでいる時が危険です。物質の溶解の問題では、正解までの思考プロセス、どの数字になぜ着目するかを解説しました。鏡文字の問題では、右手と左手が鏡像関係にあることを利用し、両手を使って解くよう秘策を伝授。地層の計算問題では負の数の概念を教え、基準となる層の高さを計算し比べよと伝えました。

 私自身、学生時代に悪い点数を沢山取った経験からテストの結果で娘を責めず、間違えた問題をできるようにしてあげればよいと思っていました。M-netは有用で、出張先でも結果を確認し、娘へアドバイスを送りました。妻は子どもの勉強を支え、弁当、送迎の全てを完璧にこなしました。頭が下がります。

 今回の合格はスタート地点に立ったに過ぎません。これまでのノウハウを活かして頑張って下さい。「毎日十時間勉強しろ」と言いましたがよく応えてくれました。人生であと二回はこのぐらい勉強をする機会が訪れますが大丈夫です。

 最後に父親としてできることは時間的にそう多くありません。頑張っている子どもをどんな形であれ可能な限りサポートしてあげれば正解と思います。

名進研での七年間を振り返って

 以前、兄の受験体験記の最後に、我が家はこれから波乱の予感ですと書きましたが、本当にそうなりました。全て終わった今最後の最後に頑張った次男に驚きと敬意の気持ちで書かせていただこうと思います。

 六年生になってからなかなか思うように点が取れませんでした。元々漢字や地理など暗記物を嫌い、長時間集中できないタイプ。字も雑で数字さえ読みにくく、途中の計算を余白に小さく書いて、自分で読み間違えて答えを間違えるなんてこともよくありました。問題用紙の裏の白紙に丁寧に書けば合ってたのにと、兄の過去の答案を見せたりしても、時間がないからと言ってやってきません。明るいのが彼の長所ですが、全体的に幼く面倒なことから逃げてしまうところがありました。

 十二月最後のプレ中学入試もうまくいかず、優しく励ますべきか迷いましたが、敢えて息子に言いました。「中学受験はゴールじゃないから、受かったところが縁のあるところ。そこに行けばいい。でもね……この答案ではだめだよ。情けないよ。時間が足りなくても、後で読み返せなくても、もっと大きく読みやすい字で書いておいで。大事なところに線も引いてない。これではどこの中学に行っても上手くいかないよ。」と。

 それから冬休みと一月、名進研のない日に時間を作って、過去問を本番同様に休憩時間も時間を計って四教科通しでやるというのを、何回もやることにしました。答案の書き方練習と、時間の感覚、使い方が上手くできていないように思えたからです。息子もようやく事態の深刻さに気付いたのか、真剣に取り組みました。ミスが減り始め、手応えを感じ始めたのが一月半ば、最初の受験が始まる直前でした。国語と算数は合格者平均に届くようになり、あとは社会と理科の暗記物と漢字。特に社会と漢字は東海中学校の入試前日まで頑張るという漫画の話のような展開でしたが、なんとか間に合い、合格することができました。

 兄のパズル道場から始まった名進研通い。先生方にはたくさんご心配をおかけしたと思いますが、一度も否定的なことはおっしゃらず、前向きに励ましてくださったこと、感謝しています。
 一回目の東海中プレ入試のとき、三教科目の社会の途中で眠くなり、手を挙げて顔を洗いに行ったと言う息子の話に私は仰天しました。
 でも教室長の先生は笑って「男の子はそんなものです、息子さんは入試は長いということを学びましたね。これからです。」とおっしゃってくださいました。他の先生方からも同じように励ましてくださいました。

 これからも明るく前向きに進んでいきたいと思います。七年間本当にありがとうございました。

成功と失敗から学んだ日々

 受験のために名進研に入会し、はじめのうちはまずまずの成績がとれていました。親も本人も楽しく勉強し、常に前向きでした。

 五年生に入り、ゼミが始まると日々は一転しました。毎週、白星と黒星に追われる日々に突入しました。余裕もなくなり、ゼミに向かう日は顔色も悪く、自己採点を始めると鉛筆を持つ手が震えていました。親の私も、一喜一憂し、焦りと不安で子供を追い詰める言葉をかけてしまったこともあります。思えばそんな時期はどれ程時間をかけても、勉強をしたことは全く身についておらず、ただただ消耗し、疲弊した時間を過ごしてしまっただけでした。

 六年生の一学期、余裕のあった成績も落ち、いよいよ厳しい状態なのではないかと思っていましたが、本人は先生方と「夏期講習で必ず取り戻す」と決めたようで、マイペースでした。ただ、今までと違ったのは自分で時間配分をし、記録をつけはじめたことでした。

 今までは親がやっていた記録づけを本人がすることで、自分の弱点をよりリアルに感じたようです。夏期講習は大きな登山用リュックに沢山のテキスト、ノートを入れてただただ毎日頑張っていました。その頃には成績も上がり、結果も手に入ってきました。本人も「このまま頑張り続けたら、合格も夢ではないんじゃないか、という希望が見えてきた」と言っていました。そこからの数ヶ月は、まさに先生がおっしゃった様に、眠る、食べる以外は基本的にすべて勉強時間という過ごし方をして、プレ中学入試、志望校別プレ入試を受けました。第一希望の東海中学校はとても難しい、しかし、滝中学校、名古屋中学校、南山中学校男子部は80%の合格可能性が出たことで、最後の追い込みも前を向けて取り組めました。

 すべての結果が出て、滝中学校への進学が決まったとき、子供は「東海中学校にチャレンジしてよかった‼楽しかったよ、中学受験‼」と、とても明るく言っていました。そこには真っ青な顔をしてゼミに向かっていた頃の姿はなく、頼もしい一青年になろうとしている我が子の姿がありました。

 名進研の先生方、ご期待に沿える部分もご期待に沿えない部分もあり、様々な面でサポートをしていただき、本当にありがとうございました。

途中の結果は関係ない

 最後の受験日に、自信満々の顔で校舎から出てきた次男、無事合格をいただき、次男がずっと目標としてきた滝中学校に進むことを決めました。四人兄妹の二番目というポジションで、主張が強めな兄と妹に挟まれ、自分の気持ちをあまり語らない次男に、何か自信をつけさせたくて始めた受験勉強でした。

 名進研には、長男の頃から間接的にお世話になっておりました。六年生の六月から受験勉強を始めた長男が塾に行かないで、家でやっていたのが私の友達にもらった名進研のテキストでした。名進研テキストでの独学と他塾に二ヶ月通い、滝中学校の合格をいただくことができました。

 兄のように六年生になってからの中学受験は大変でしたので、次男は四年生から準備を始めました。次男は決して出来のいい子ではなく、四年生の頃の偏差値は50前後でした。野球を辞めたくなかったのか「勉強はするけど受験はしない」と言っていました。五年生になる前に、受験への意志を再度確認したところ、「受験する」と言いました。お兄ちゃんへの憧れがあったのかと思います。

 五年生になって宿題が増え、平日に宿題をやる時間が足りなくなったため、ずっと続けていた空手、珠算を辞めることにしました。五年生の偏差値は55前後で、JS2クラスの常連でした。

 もう一つ上のクラスに行けないのは、野球の練習が土日祝の朝から晩まであり、休日に全く勉強できていないことが理由だと分かっていましたが、なかなか辞める決心がつかず、五年生の十二月まで続けました。野球では夏の大会で勝ち進み、県大会に出場することができましたが、このままではどちらも中途半端になるような気がして、勉強か野球かどちらかを選ぶ時期が来たのではないかと、息子に選択を委ねました。野球を辞めてからは土日に勉強する時間が取れるようになり、テストゼミも始めたことによって、成績が上がり始めました。

 六年生になるとプレ中学入試に範囲がなくなるので、「目先のテストの点には結び付かないけど、範囲がなくなってからはきっとこの復習が役に立つから」と、六年生になる前の冬休みや春休みに五年生のテキストを解き直す時間を取りました。この復習のおかげで、六年生になると偏差値が一気に63、途中少し谷はありましたが、最後は65まで上げることができました。

 次男は野球も勉強も黙ってコツコツと努力を積み重ねるタイプで、宿題はその日のうちに終わらせる、名進研の授業がない日に算数の宿題をもう一度解き直す、テストゼミ前には理社の暗記をやる、間違えた問題をルーズリーフに書いておきプレ中学入試前に見直すといった基本的なことを日々淡々と繰り返していました。

 しかし、夏明けのプレ中学入試では、偏差値60を切ってしまい、「このまま下降しては困る、野球をやめて勉強を選んだからには絶対に合格で終わらせてあげないといけない」と強く思い、先生に相談しに行きました。次男のテストの結果から正答率が高い問題を落としていること、時間があると算数の発展問題をやっていることが分かり、その帰り道、「受験は総合得点だから、このまま好きな勉強しかやらなかったら、合格はきっとできないよ。どうする?」と次男に聞きました。次男は「暗記もちゃんとやる」と言いました。

 それから、苦手だった理科を克服するため、名進研の授業がない日や冬休みを利用して、受験②③を全て解き直しました。テキストを全てコピーして、一章ごとに自習室に持って行かせ、丸つけは私がやることで進度や苦手分野の把握をし、プリントの束が減っていくことで息子のモチベーションを保ちました。ここでもう一度解き直したことで、次男は「理科が好きになった」と言っていました。

 一月に学校を休み始めてからは、社会の夏のテキストに再度取り組み、東海中学校入試の前までに全て解き直しました。理社を最後にもう一度やったことで曖昧だった部分の知識も定着したように思います。名進研での指導や先生の言葉を信用し、テキストを解き直すこと以外に家で特別なことは何もしませんでした。長男のときよりも受験生が増え、難化傾向だったかと思いますが、名進研でやっていただいたことで十分だったと思います。

 私たち親は、テストの結果だけを見て、子供を叱ることはしないと心掛けてきました。どのテストも息子が全力で取り組んだことには間違いなく、思った点が取れず悔しくて泣いていたのは息子の方でした。息子には「テストの結果は今できないところを教えてくれているだけで、最終的な結果とは関係がない、今回できなかったところを、次はできるようにすることの方が大切だ」とずっと話してきました。

 次男とはよく、長男の模試の結果を見て二人で笑いました。長男が六年生の九月に受けた模試の偏差値は38でした。その五ヶ月後、長男は滝中学校に合格しました。「途中の結果は関係ない」と長男の合格で確信しています。子供の可能性は無限大で、本人が努力を惜しまなければ、どこまでも伸びていける。最後までお子さんの可能性を信じてあげてください。

 そして、受験が終わった今、一つだけ後悔していることがあります。東海中学校に合格をもらうまで、親が東海中学校のことをあまり真剣に考えておらず、東海中学校と滝中学校のどちらが息子にとってよいのか、最終的な判断をすることができませんでした。どちらに行くのか、入学金の納付期限ギリギリまで息子を巻き込んで迷わせてしまい、最後は息子が「滝中に行きたい」と言ったので、その気持ちを尊重しました。思えば、息子はずっと「両方に合格して滝中に行く」のだと言っていました。お兄ちゃんが県大会に行った滝中野球部で、次男も野球がしたかったのだと思います。

 最後まで大切なことはあまり語ってはくれない次男でしたが、二人で出掛けた模試や名進研の帰り道は、息子が唯一いろいろなことを話してくれる貴重な時間でした。そして、東海中学校の合格は、思った以上に息子の自信になったようです。次男に中学受験をさせてよかったと思います。

 最後に名進研の先生方、夜遅くまでのご指導、私や息子への的確なアドバイス、早朝からの入試会場での応援、ありがとうございました。また、算数の先生のおかげで、息子は算数が好きになりました。東海中学校の算数、最後の問題が解けたことが息子の自慢だそうです。

 本当にお世話になりました。

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