名進研 合格体験記
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保護者の声・評判(中学受験)

中学受験を終えて

 四年生の夏休みから始まった中学受験を終えて、これからは第一志望校へ通うこととなりました。

 娘の中学受験は、私たちにとっては想定外のことでした。両親ともに公立校に進学しており、中学受験は考えたこともありません。しかし、四年生の夏休みに、両親は共働き、兄は朝から部活動のため、一日中ひとりにしておくことが心配であり、何か習い事はないかと探し、その時出会ったのが名進研の夏期講習でした。

 通信教育を受講していた時もありましたが、すぐに飽きてしまい、付録を楽しむだけで教材は手つかずの状態でしたので、夏期講習のみの予定で受講させて頂きました。

 しかし、予想に反して娘は毎日楽しみに出かけていくようになりました。先生方の熱意により、問題を解くことの楽しさ並びにテスト結果等による競争意欲に火が付いたのではないかと思います。そのおかげで、親から見ても投げ出したくなるような問題に取り組み、夜遅くまで一生懸命に復習している姿を見て、我が子ながら感心したものでした。

 ただし、順風満帆な中学受験ではありませんでした。最初は、戸惑いもあったのか成績は停滞しましたが、雰囲気に慣れてからは順調に伸びていきました。しかし、良くても悪くもマイペースな娘ですので、ペースがつかめた六年生時には、四、五年生時に比べて難度は高く、範囲が広くなっていますが、のんびり状態が続いていました。早く始めないと睡眠時間がなくなってしまう等と親の方がハラハラしていましたが、本人はお構いなしです。深夜まで起きていることも多く、体調が悪くなるのではないかと不安でしたので、何度も退塾しようか考えたものです。何度言っても改善しない娘を見て、親のイライラが募り、保護者会で教えて頂いた「子供に言ってはいけない言葉」を何度言ってしまったものか。振り返ると「反省」の一言しか出てきません。

 成績もアップダウンが激しく、どうしたものか不安になり、度々先生方に相談させて頂きましたが、的確なアドバイスをして下さるとともに、校舎での娘の状況等を教えて頂き安心しました。

 受験直前のテストゼミ等は散々な結果でしたが、娘は最後まで楽しく通い、友達と励ましあいながら受験に臨むことができました。中学受験を通して、親自身も勉強し、成長させてもらったように感じています。

 子に対して出来たことは、健康に気をつけること位しかありませんが、無事に中学受験を迎えられたのは、共に目標に向かって努力する友達の影響も大きいですが、熱心に指導し、娘の色々な話を聞き、最後まで見守って下さった名進研の先生方のおかげだと実感しています。今までありがとうございました。

合格のために父親としてできることを

 合格おめでとう。四年間勉強お疲れさま。娘が封筒を開けたとき、左後方に座っていた私の眼に合格の文字が一足先に飛び込んできました。思わずガッツポーズをしてしまいました。思えば小学二年生の冬、娘が受験したいと言うので賛成しました。「もっと難しいことを勉強したい。」と語る娘を頼もしく思いました。

 大学受験で競う相手は、中高一貫の難関校出身者ばかりです。入学六年後には、然るべきレベルに達する必要があるため、上位校合格以外は考えられませんでした。同時に父親としてできることは何かを考えたところ、モチベーションの維持、土日に新単元の予習のサポート、テキストの未習問題やトップレベル講座EXの問題の解説、保護者会への出席、子どもの喜怒哀楽を受け止めること、そして学費の工面でした。また、妻の不満を全身で受け止めることも喫緊の課題となりました。

 モチベーションの維持は最大のネックで、勉強を投げ出したくなったり、眠くなり暴れたりと小学生らしい反応を受け止めるには忍耐が必要でした。塾の迎えの車内や寝る前に娘とよく話しました。私の中学校から大学院までの様子を知りたがりましたので、話の中でなぜ勉強しなければならないのか、困難をどのように克服したか、これまでの失敗談などを織り交ぜながら言葉を選びました。

 勉強面では、予習、授業、復習、テストという生活サイクルの定着に努めました。復習中心と謳われていますが、テストゼミで九割以上の成績を取るには予習が必須です。学習事項を親も把握しておき、例えば、畜産物や作物の産地など子どもが興味をもてるよう工夫しました。みかい鳥や北かみ牛などありそうでなさそうな動物を語呂として誕生させました。テストで活用できたか、産地の順位に年度変更がないかを確認し、適宜修正しました。また、実力テスト予想問題や社会・理科のテキスト準拠穴埋めプリントを自作しました。塾の未習問題やトップレベル講座EXの復習でわからないときも教えました。トップレベル講座EXのテスト直前には、ラ・サールの算数の問題を至急解けとメールをよこしたのですぐに返信しました。テスト後、考え方がわかった、できたと嬉しそうに車に乗り込んで来たので安心しました。

 娘はまだ精神的に幼く、ノートを点検されることに抵抗がなかったので理社の漢字の間違えを指摘しました。理科では「てこ・滑車」、「物質の溶解・濃度」の特訓を行いました。図全体を眺めている為に、問題の関心領域に目が向いていないことがわかりました。例えば滑車の糸にかかる力を求める問題では、問題となる滑車及びそれに架かる糸のみを取り出した図を書かせました。直接解説できない日には、図入りの詳細な解説をレポート用紙に書き置きしました。「てこ、苦手」が口癖でしたが、苦手と騒いだときこそ父親の出番です。苦手を得意にすることは可能で、点数を取らせれば自信がつきます。逆に得意と思いこんでいる時が危険です。物質の溶解の問題では、正解までの思考プロセス、どの数字になぜ着目するかを解説しました。鏡文字の問題では、右手と左手が鏡像関係にあることを利用し、両手を使って解くよう秘策を伝授。地層の計算問題では負の数の概念を教え、基準となる層の高さを計算し比べよと伝えました。

 私自身、学生時代に悪い点数を沢山取った経験からテストの結果で娘を責めず、間違えた問題をできるようにしてあげればよいと思っていました。M-netは有用で、出張先でも結果を確認し、娘へアドバイスを送りました。妻は子どもの勉強を支え、弁当、送迎の全てを完璧にこなしました。頭が下がります。

 今回の合格はスタート地点に立ったに過ぎません。これまでのノウハウを活かして頑張って下さい。「毎日十時間勉強しろ」と言いましたがよく応えてくれました。人生であと二回はこのぐらい勉強をする機会が訪れますが大丈夫です。

 最後に父親としてできることは時間的にそう多くありません。頑張っている子どもをどんな形であれ可能な限りサポートしてあげれば正解と思います。

名進研での七年間を振り返って

 以前、兄の受験体験記の最後に、我が家はこれから波乱の予感ですと書きましたが、本当にそうなりました。全て終わった今最後の最後に頑張った次男に驚きと敬意の気持ちで書かせていただこうと思います。

 六年生になってからなかなか思うように点が取れませんでした。元々漢字や地理など暗記物を嫌い、長時間集中できないタイプ。字も雑で数字さえ読みにくく、途中の計算を余白に小さく書いて、自分で読み間違えて答えを間違えるなんてこともよくありました。問題用紙の裏の白紙に丁寧に書けば合ってたのにと、兄の過去の答案を見せたりしても、時間がないからと言ってやってきません。明るいのが彼の長所ですが、全体的に幼く面倒なことから逃げてしまうところがありました。

 十二月最後のプレ中学入試もうまくいかず、優しく励ますべきか迷いましたが、敢えて息子に言いました。「中学受験はゴールじゃないから、受かったところが縁のあるところ。そこに行けばいい。でもね……この答案ではだめだよ。情けないよ。時間が足りなくても、後で読み返せなくても、もっと大きく読みやすい字で書いておいで。大事なところに線も引いてない。これではどこの中学に行っても上手くいかないよ。」と。

 それから冬休みと一月、名進研のない日に時間を作って、過去問を本番同様に休憩時間も時間を計って四教科通しでやるというのを、何回もやることにしました。答案の書き方練習と、時間の感覚、使い方が上手くできていないように思えたからです。息子もようやく事態の深刻さに気付いたのか、真剣に取り組みました。ミスが減り始め、手応えを感じ始めたのが一月半ば、最初の受験が始まる直前でした。国語と算数は合格者平均に届くようになり、あとは社会と理科の暗記物と漢字。特に社会と漢字は東海中学校の入試前日まで頑張るという漫画の話のような展開でしたが、なんとか間に合い、合格することができました。

 兄のパズル道場から始まった名進研通い。先生方にはたくさんご心配をおかけしたと思いますが、一度も否定的なことはおっしゃらず、前向きに励ましてくださったこと、感謝しています。
 一回目の東海中プレ入試のとき、三教科目の社会の途中で眠くなり、手を挙げて顔を洗いに行ったと言う息子の話に私は仰天しました。
 でも教室長の先生は笑って「男の子はそんなものです、息子さんは入試は長いということを学びましたね。これからです。」とおっしゃってくださいました。他の先生方からも同じように励ましてくださいました。

 これからも明るく前向きに進んでいきたいと思います。七年間本当にありがとうございました。

成功と失敗から学んだ日々

 受験のために名進研に入会し、はじめのうちはまずまずの成績がとれていました。親も本人も楽しく勉強し、常に前向きでした。

 五年生に入り、ゼミが始まると日々は一転しました。毎週、白星と黒星に追われる日々に突入しました。余裕もなくなり、ゼミに向かう日は顔色も悪く、自己採点を始めると鉛筆を持つ手が震えていました。親の私も、一喜一憂し、焦りと不安で子供を追い詰める言葉をかけてしまったこともあります。思えばそんな時期はどれ程時間をかけても、勉強をしたことは全く身についておらず、ただただ消耗し、疲弊した時間を過ごしてしまっただけでした。

 六年生の一学期、余裕のあった成績も落ち、いよいよ厳しい状態なのではないかと思っていましたが、本人は先生方と「夏期講習で必ず取り戻す」と決めたようで、マイペースでした。ただ、今までと違ったのは自分で時間配分をし、記録をつけはじめたことでした。

 今までは親がやっていた記録づけを本人がすることで、自分の弱点をよりリアルに感じたようです。夏期講習は大きな登山用リュックに沢山のテキスト、ノートを入れてただただ毎日頑張っていました。その頃には成績も上がり、結果も手に入ってきました。本人も「このまま頑張り続けたら、合格も夢ではないんじゃないか、という希望が見えてきた」と言っていました。そこからの数ヶ月は、まさに先生がおっしゃった様に、眠る、食べる以外は基本的にすべて勉強時間という過ごし方をして、プレ中学入試、志望校別プレ入試を受けました。第一希望の東海中学校はとても難しい、しかし、滝中学校、名古屋中学校、南山中学校男子部は80%の合格可能性が出たことで、最後の追い込みも前を向けて取り組めました。

 すべての結果が出て、滝中学校への進学が決まったとき、子供は「東海中学校にチャレンジしてよかった‼楽しかったよ、中学受験‼」と、とても明るく言っていました。そこには真っ青な顔をしてゼミに向かっていた頃の姿はなく、頼もしい一青年になろうとしている我が子の姿がありました。

 名進研の先生方、ご期待に沿える部分もご期待に沿えない部分もあり、様々な面でサポートをしていただき、本当にありがとうございました。

途中の結果は関係ない

 最後の受験日に、自信満々の顔で校舎から出てきた次男、無事合格をいただき、次男がずっと目標としてきた滝中学校に進むことを決めました。四人兄妹の二番目というポジションで、主張が強めな兄と妹に挟まれ、自分の気持ちをあまり語らない次男に、何か自信をつけさせたくて始めた受験勉強でした。

 名進研には、長男の頃から間接的にお世話になっておりました。六年生の六月から受験勉強を始めた長男が塾に行かないで、家でやっていたのが私の友達にもらった名進研のテキストでした。名進研テキストでの独学と他塾に二ヶ月通い、滝中学校の合格をいただくことができました。

 兄のように六年生になってからの中学受験は大変でしたので、次男は四年生から準備を始めました。次男は決して出来のいい子ではなく、四年生の頃の偏差値は50前後でした。野球を辞めたくなかったのか「勉強はするけど受験はしない」と言っていました。五年生になる前に、受験への意志を再度確認したところ、「受験する」と言いました。お兄ちゃんへの憧れがあったのかと思います。

 五年生になって宿題が増え、平日に宿題をやる時間が足りなくなったため、ずっと続けていた空手、珠算を辞めることにしました。五年生の偏差値は55前後で、JS2クラスの常連でした。

 もう一つ上のクラスに行けないのは、野球の練習が土日祝の朝から晩まであり、休日に全く勉強できていないことが理由だと分かっていましたが、なかなか辞める決心がつかず、五年生の十二月まで続けました。野球では夏の大会で勝ち進み、県大会に出場することができましたが、このままではどちらも中途半端になるような気がして、勉強か野球かどちらかを選ぶ時期が来たのではないかと、息子に選択を委ねました。野球を辞めてからは土日に勉強する時間が取れるようになり、テストゼミも始めたことによって、成績が上がり始めました。

 六年生になるとプレ中学入試に範囲がなくなるので、「目先のテストの点には結び付かないけど、範囲がなくなってからはきっとこの復習が役に立つから」と、六年生になる前の冬休みや春休みに五年生のテキストを解き直す時間を取りました。この復習のおかげで、六年生になると偏差値が一気に63、途中少し谷はありましたが、最後は65まで上げることができました。

 次男は野球も勉強も黙ってコツコツと努力を積み重ねるタイプで、宿題はその日のうちに終わらせる、名進研の授業がない日に算数の宿題をもう一度解き直す、テストゼミ前には理社の暗記をやる、間違えた問題をルーズリーフに書いておきプレ中学入試前に見直すといった基本的なことを日々淡々と繰り返していました。

 しかし、夏明けのプレ中学入試では、偏差値60を切ってしまい、「このまま下降しては困る、野球をやめて勉強を選んだからには絶対に合格で終わらせてあげないといけない」と強く思い、先生に相談しに行きました。次男のテストの結果から正答率が高い問題を落としていること、時間があると算数の発展問題をやっていることが分かり、その帰り道、「受験は総合得点だから、このまま好きな勉強しかやらなかったら、合格はきっとできないよ。どうする?」と次男に聞きました。次男は「暗記もちゃんとやる」と言いました。

 それから、苦手だった理科を克服するため、名進研の授業がない日や冬休みを利用して、受験②③を全て解き直しました。テキストを全てコピーして、一章ごとに自習室に持って行かせ、丸つけは私がやることで進度や苦手分野の把握をし、プリントの束が減っていくことで息子のモチベーションを保ちました。ここでもう一度解き直したことで、次男は「理科が好きになった」と言っていました。

 一月に学校を休み始めてからは、社会の夏のテキストに再度取り組み、東海中学校入試の前までに全て解き直しました。理社を最後にもう一度やったことで曖昧だった部分の知識も定着したように思います。名進研での指導や先生の言葉を信用し、テキストを解き直すこと以外に家で特別なことは何もしませんでした。長男のときよりも受験生が増え、難化傾向だったかと思いますが、名進研でやっていただいたことで十分だったと思います。

 私たち親は、テストの結果だけを見て、子供を叱ることはしないと心掛けてきました。どのテストも息子が全力で取り組んだことには間違いなく、思った点が取れず悔しくて泣いていたのは息子の方でした。息子には「テストの結果は今できないところを教えてくれているだけで、最終的な結果とは関係がない、今回できなかったところを、次はできるようにすることの方が大切だ」とずっと話してきました。

 次男とはよく、長男の模試の結果を見て二人で笑いました。長男が六年生の九月に受けた模試の偏差値は38でした。その五ヶ月後、長男は滝中学校に合格しました。「途中の結果は関係ない」と長男の合格で確信しています。子供の可能性は無限大で、本人が努力を惜しまなければ、どこまでも伸びていける。最後までお子さんの可能性を信じてあげてください。

 そして、受験が終わった今、一つだけ後悔していることがあります。東海中学校に合格をもらうまで、親が東海中学校のことをあまり真剣に考えておらず、東海中学校と滝中学校のどちらが息子にとってよいのか、最終的な判断をすることができませんでした。どちらに行くのか、入学金の納付期限ギリギリまで息子を巻き込んで迷わせてしまい、最後は息子が「滝中に行きたい」と言ったので、その気持ちを尊重しました。思えば、息子はずっと「両方に合格して滝中に行く」のだと言っていました。お兄ちゃんが県大会に行った滝中野球部で、次男も野球がしたかったのだと思います。

 最後まで大切なことはあまり語ってはくれない次男でしたが、二人で出掛けた模試や名進研の帰り道は、息子が唯一いろいろなことを話してくれる貴重な時間でした。そして、東海中学校の合格は、思った以上に息子の自信になったようです。次男に中学受験をさせてよかったと思います。

 最後に名進研の先生方、夜遅くまでのご指導、私や息子への的確なアドバイス、早朝からの入試会場での応援、ありがとうございました。また、算数の先生のおかげで、息子は算数が好きになりました。東海中学校の算数、最後の問題が解けたことが息子の自慢だそうです。

 本当にお世話になりました。

受験直前のハプニング

 中学入試直前の過ごし方……、我が家はいつも通り学校と名進研に行き、生活リズムを変えないというスタイルを選択しました。
 四年連続インフルエンザにかかっていることもあり、不安もありましたが、「学校に行きたい。風邪は手洗いうがいをしっかりするから大丈夫‼」と力強く宣言する息子を見て、余計な心配はいらないなと思いました。
 宣言通りの手洗いとうがいの効果もあったのか、風邪もひかずに順調に入試に突入。

 そんな中、第一志望校のテストの前日、小学校から電話がかかってきました。
 「息子さんが、体育の授業で怪我をしました。右手の指を骨折しているかもしれません。」
 学校の電話番号がスマホに映った時点で、嫌な予感はしました。骨折?人生初骨折をテスト前日にする?しかも利き手……。

 とにかく学校に迎えに行くと、保健室には息子の友達が大勢心配して駆けつけてくれていました。受験することを周囲に話していたため、友達も気になったようです。落ち込んでいるかなと思ったのですが、息子はいつもと同じ様子で、「大丈夫」というのでした。
 病院に行き、固定してもらって痛み止めを飲み、名進研にも普通に行きました。名進研から帰ってきてから簡単な問題を解かせてみると……、いつもに増して字が汚い、スピードも遅い気がする。これはまずいと思いましたが、前日に親が心配しても仕方がないと開き直り、息子には骨折しても試合で活躍した野球選手やサッカー選手の話をしながら、「骨折すると逆に集中力が出る‼」とお互いマインドコントロールに徹しました。

 テスト当日、試験会場に電車で移動中は緊張しないように、くだらない話をすることにしているのですが、さすがに第一志望校だけあって緊張がピークで顔もこわばっている様子でした。こちらも開き直って、逆に指の怪我をネタにして「骨折して合格したら、合格体験記のネタになるよ~」などと話しながら試験会場に到着。送り出す際には、こちらも不安がいっぱいでしたが、いつもと変わらず送り出せたと思います。
 テストを待っている間にも、「ベストコンディションで受験させてやりたかった。やはり学校を休ませるべきだったのか」などと考えてしまいました。しかしテストが終わり、試験会場からニコニコと出てくる息子を見て、「……実力は出せたのだろう……、結果はともかくよく頑張ったなぁ……」と目頭が熱くなりました。

 試験結果は、ハプニングを無事のりきり合格してくれました。せっかくの合格体験記ネタ、息子から「保護者からも書いてほしい。」と言われ書かせていただきました。試験直前にハプニングがあっても、積み重ねてきた努力は裏切らない、そんな事例として読んでいただければと思います。
 最後に、名進研の先生方。二年半の間ご指導ありがとうございました。息子から話を聞いておりましたが、この塾で間違いなかったなと思いました。この場を借りてお礼申し上げます。

受験を終えて

 息子が五年生になった三月より約二年間名進研でお世話になりました。その前は個別学習の塾に通っていましたが、中学受験を意識してカリキュラムが分かりやすい名進研に転塾しました。中学受験をしようと息子が言い出すきっかけは、母親である私が作りました。かねてから小学校では生活面や提出物が提出できない等、先生からの評価の低い息子をみて、頭はいいのに残念だなと感じており、私立の方がいいのではないかと思っていました。四年生のとき、名古屋中学校の学校説明会に行き、電車好きの息子は名古屋中学校に行きたいと言い出しました。

 当初の成績はC~D判定。名古屋に行けたらいいな。ぐらいの感じでした。それが、六年生になるころはB~C判定となり、クラス分けでは英俊クラスに行けるようになりました。それでも本人も私どもも、第一志望は面倒見のいいことから名古屋中学校でした。息子は名古屋中学校のスカラー合格を目標にがんばるようになりました。
 入試結果は名古屋中学校スカラー合格、東海中学校合格の結果をいただき、名進研が提供してくれたカリキュラムにのって、粛々と勉学に励んだ息子を頼もしく感じるとともに、先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。

 受験をふりかえって、こうすればよかったという後悔の念はなく、やりきった。息子を信じてよかったという思いです。トップレベル講座EXに入れましたが、算数が得意な息子には必要なしと考え、通常メニューだけを受講し、年末年始の名物正月特訓教室も参加しませんでした。ただ、国語の読解、特に物語の読解問題が絶望的に苦手な息子を心配して、六年の十月から国語の復習・宿題指導講座を追加しました。
 息子はとにかく単純作業を嫌う子です。毎日の計算練習、漢字の練習、すべて宿題をやろうとしませんでした。算数の解く過程を書くのも脳内で答えが出てしまうと、答えしか書こうとしませんでした。しかし、それではいくら難解な問題が解けたとしても100点は決して取れません。私は息子に1点の重みを伝え続け、自分からは取り掛かれない計算は朝、漢字は夕飯前と大体の時間を決めて強制的に行いました。その成果を息子に実感させるのに、毎週受けるテストゼミはとてもいいシステムでした。私が疲れて漢字ができなかったときは点数が悪く、やると点数が伸びました。結果、最後のプレ中学入試ではじめて東海中学校の合格率80%をとることができました。

 息子が得意な算数でつまずいたのが五年の夏期講習で、つるかめ算などを初めて勉強したときです。説明を聞いてもまったく分からないと、家で泣き出しました。それで、本屋にマンガ攻略本つるかめ算を買いに行き、一緒に勉強しました。
 また、息子は分からなくても自分から先生に質問できない子でしたので、授業の始まる前に早めに名進研に私も一緒に行き、先生に質問したりしました。国語の読解は本当に何度説明しても理解できない様子でしたので、小学校の先生にも放課後に聞きに行ったりもしました。自習室はほとんど利用しませんでした。
 進学先は迷いましたが、東海中学校にも交通同好会があるとわかり、息子が自分で東海中学校にすると決めました。

 息子は入試前日でも問題用紙に落書きをする破天荒ぶりでしたが、あまり怒ってはモチベーションが下がるので、時間を決めて休むように声をかけ、できていることを褒めるように心がけました。
 自由な校風と聞く東海中学校に行って大丈夫なのか不安でいっぱいですが、これからは自立学習ができるように促していきたいと思っています。
 息子が合格後、親にお礼を言ってくれたことが、受験をしてよかったことだと、ほんとにありがたく感じます。名進研の先生方も一風変わった個性的な息子にお付き合いいただきありがとうございました。

中学受験を走り終えた感想 ー娘は素直によく取り組んでくれた!ー

 我が家が受験を考え始めたのは、小学三年生の頃。親戚の子どもが中学受験に励み、その後の中学・高校生活を満喫している様子を聞いたり、文化祭等を見たりしたのがきっかけだったと思う。
 しかし、我が家は子供三人と普通のサラリーマンと専業主婦の一家。私立中は金銭的には難しいかとは思いつつ、四年生から近所の個人塾に通わせた。その頃は塾で算数と国語を取り組んでいた。しかし、大手塾は理科と社会も取り組んでいるため、四年生の途中からは大手塾の進度をにらみながら、家庭で理科と社会の問題集に取り組ませていた。更に四年生の二月からは一年間、通信教育(四教科)を追加し取り組んだ。四・五年生の段階は一日に二時間、塾がある日は三時間程度、勉強していた。また、南山中学校女子部や愛知淑徳中学校の文化祭を見学して、本人は南山中女子部への志望を固めていたように思う。
 五年生最後の外部模試の偏差値は58程度(南山中女子部合格80%ラインは64)だった。五年生の二月に大手塾のノウハウや情報量が欲しかったこともあり、転塾を考えた。名進研にした決め手は19時までの講義で、家族全員で晩ご飯を食べられることである。小学校時代を受験一色にしたくない我が家にとっては大事なことだった。また、食後はNHKニュースを毎日親と一緒に見て、息抜きと社会理科の時事問題知識を吸収していた。
 春期講習からは、名進研の進度をペースメーカーに、与えられた範囲でできなかった×問題を何度かやり直し、週末のテストゼミに向かった。この頃から私(父親)が×問題に対し周辺知識も含め解説を加えるようになった。また、テストゼミの間違い直しも実施し、名進研から与えられた課題を確実にものにすることを中心に取り組んでいた。

◎夏休み
 夏休み前までに受験時に必要な全範囲が終わるので、まとまった時間が取れる夏休みを、基礎を確実にする最後の機会と捉えて取り組んだ。まずは総復習の意味で出されている課題をこなしつつ、日々の隙間時間やお盆などの空いた時間で、四年生から夏休み前までの問題集、名進研のテキストやプリントの間違えた個所を取り組んだ。また、夏休みの最後にある、名進研が休みの期間を利用して過去問に取り組んだ。
 このやり方が良かったかどうかは分からないが、全範囲をやり直したことで、安定した実力をつけることができたと思う。

◎基礎的なこと【いつからやったか?】
 漢字と計算と図形は基本的に毎日30分程度やることで、基礎事項の定着を図っていた。漢字は名進研の問題集、計算と図形は市販の問題集を買って取り組んだ。できなかった個所は二週目、さらに三週目と学習するなどしていた。計算は落としたくない分野だが、本人は多少雑なところがあり、ゆっくり丁寧にやるよう言い続けたが、親としてはあまり短所を指摘しすぎると、長所である解くスピードが落ちることや自信を無くすことを懸念したので、受験近くになってからはあまり強くは言わないようにした。ちなみに、当日は大問1で普通の分数問題を1問落としている。やはり、練習時にできないものは本番でもできないものだと痛感した。

◎過去問
 受験本には過去問が重要とよく書かれている。本人のモチベーションを上げる&現在の立ち位置を把握するためにも、我が家では南山中女子部の過去問を早めに取り組むことにした。
 最初に取り組んだのは五年生の十二月に社会で、その時に合格者平均点を超えたことに正直驚いた。その後、七月に残り三教科を取り組ませた。それ以降、夏休みに二〇一二~二〇一四年を取り組み、九月からは二〇〇五~二〇一九年を取り組ませた。これまでやってきたテキストなどに過去問が散りばめられていることもあるのか、合格者平均を上回っていたが、過去問で点が取れることは親としても自信となった。その後、十一月からは二回目(二〇一二~二〇一八年まではすべて、二〇〇五~二〇一一年までは×問題)を行い、一月に二〇一九年の二回目を当日同じ時間帯で取り組ませた。

◎直前期
 元日以降は、これまでやってきた「過去問」、「志望校別特訓講座」、「冬期講習」、「テキスト」、「プレ中学入試等の模試」、「直前対策講座」、「九月以降のプリント」の×問題を、最後の追い込みでやり直した。最後の一週間はインフルエンザにかかるリスクを避けるために小学校を休んだ。また、二週間前からは六時半起床で朝型のリズムに変えるようにした。

◎塾との相性
 子供は名進研の教師陣の授業が面白かったようで、名進研での勉強は楽しいといつも話していた。多分、周辺知識や時事的なことを織り交ぜて面白く授業していたところではないかと思う。しかし、プレ中学入試の結果があまり振るわなかった六年生十月頃は「勉強が大変で辛い」と愚痴をこぼしていたこともあった。この時期に急激に実力が下がることはないので、親としては少し勉強時間を減らし、優しく接するように努めた。今後の方にも成績や本番へのプレッシャーなどで苦しい時期もあるだろうが、楽しい気分で勉強しなければ頭に入るものも入らないので、その点は注意した方がいいと思う(我が家でも親の頭に血が上り、子供を泣かせたことも多々あり、妻が勉強を止めたことも時々あった……)。

◎親としての感想
 保育園から大学まで私立と縁がなく、塾に行ったことのない私にとって、私立中学やそのための受験塾は正直なところアレルギーがあった。しかし、勉強を頑張る娘の姿や志望校の雰囲気を味わうにつれ、そんな人生を選択するのも娘にとっていい経験になるのではと感じた。
 六年生途中からの娘とマンツーマンで勉強したことも今となってはいい思い出である。平日、帰宅後に娘の横に座り宿題や課題に解説を加えたり、休日も名進研がない時間は同様に過ごした(名進研の時間は下の子供を外に連れ出したり)。また、テストゼミや模試へ向けてどの課題をやるか、長期的な視点でいつ過去問に取り組み、十二月までに何をやり、直前期はどの順番でやりつくすのか作戦を考えて取り組んだ。娘は拒否反応を見せず素直によく取り組んでくれたと思う。
 中学受験を走り終えた感想としては、与えられた課題を確実にこなし、理解できるまで何度でもやり直すことが、合格につながるのではと感じる。また、名進研からは手を替え品を替え様々な問題のプリントが提供されたが、これこそが塾が持つ情報量なのかと感じた。ただし、プリントには様々なレベルの問題が混じっているので、いわゆる捨て問を親が見極めないと子供にとっては大きな負担になるのではと感じた(志望校によっては難しすぎる問題もあり、塾サイドからもレベルを表示したほうが良いとは思う)。
 他の子供と比べると勉強時間は少ない気もするが、私の大学受験時よりも多くの時間を勉強に費やしていた娘は、受験勉強が嫌になるかと心配もしていた。しかし、受験後の二月からは中学へ向け英語の勉強を始めており、「勉強」を肯定的にとらえている姿にほっとしている。また、下の子たちも上の娘の様子に感化されたのか、言われなくても机に向かうようになり、勉強面に関してはうまく回っているように思う。
 これからは勉強だけでなく、友達と遊び、外で様々なことを経験し、自分の将来を自分で決められる女性に育ってくれればと思う。

娘を信じて

 五年生より本科生になり、娘と「ここまで勉強して駄目なら仕方ないと思えるまで頑張ろう」、「六年生の一月にピークをもっていけるようにしよう」と話し合ったのがまだ最近のことのように感じます。テストゼミもKS3からで、正直大変……と思いましたが、今思えば逆にとても良いスタートで、白星をとったりNo.1バッジをいただくことが大きなモチベーションになり、毎回張り切りその後の勉強の意欲に繋がったように思います。

 復習も最初のうちは、問題のやり直しが雑だったり抜けたりしていたので、一緒にみていましたが、徐々に受験生という自覚が芽生え、ここはもう大丈夫、ここは不安だからもっとやると、自分で決めて進めていくようになりました。復習中心のカリキュラムは、覚えるのが早くても忘れるのも早い娘にとっては最適で、とても信頼でき、テキストを完璧にしていくことに重点を置きました。時事問題に関しては、国内国外問わず、地理や世の中の出来事に敏感になれるように、毎日ニュースを見て話し合ったり、新聞記事を切り取り、本番直前に見直したりしました。プレ中学入試の結果発表では、優秀なお子さんが沢山いらっしゃることを知り、本当にしっかり勉強しないと上には行けないことを学んだようです。

 六年生の夏期講習はハードだったようで、疲れた様子もみえていましたが、ちょうどこの頃よりメンタルも強くなったように感じました。所属校の先生方が大好きな娘ですが、講習で更に沢山の先生方と出会うことができ、本当に楽しそうに授業の様子を話してくれていたことが印象深いです。
 説明会に複数回参加したり、プレ中学入試の会場だった中学校での入試本番では、「慣れていたから緊張しなかった‼」と帰ってきましたので、とても助かりました。南山中学校女子部は、文化祭に行き親子で沢山歩き回ると、雰囲気に慣れて、本番当日少し緊張が和らぐと思います。また六年生になる前に、入試日の朝の様子を体験しに足を運ぶのも良いと思います。当日そのような方々が多くいらっしゃいました。

 生活面では、食事と睡眠を大切にし、時には気分転換することも心がけましたが、「勉強は大変だけと名進研は楽しい‼」と、娘が笑顔多く穏やかに過ごせたのは、常に娘自身に、名進研の先生方が温かく見守ってくださっているという安心感があったからのようにとても感じます。先生方はいつも娘のやる気を引き出して、またタイミング良くお電話をくださり何でもお話できましたので、心強かったです。感謝申し上げます。そして、各講座、正月特訓教室、パズル道場等で沢山の先生方にお世話になりました。娘のことをすぐに覚えて、お声がけもしてくださり、充実した六年間になりました。心より御礼を申し上げます。

反省だらけでも

 娘は四年生から六年生までの三年間、お世話になりました。

 六年生になったときの面談時、目標をどこに置くのか先生に聞かれました。何が何でも南山中学校女子部なのであれば気持ちをすっかり入れかえてください。それだけに集中してくださいと言われました。つまり、南山中女子部を目指すには相当な頑張りが必要な位置にいる、ということでした。私達はそこで、南山中女子部だとは言いませんでした。受験を考え始めたときから愛知淑徳中学校に魅力を感じ、行けたらいいねと家族で話していたので、そのように伝えました。無理に勉強だけに邁進するより、学童などの行事を優先することもありとしようと考えていました。

 勉強はもっぱら名進研の授業と、自習室に最後まで残って与えられた宿題をこなすという方法でしたが、やるべきことが10時までには終わらずに、家では結局寝てしまうということも多くありました。家では全く集中してやっている姿が見られないので、親としてはもどかしい思いをずいぶんしましたが、成績は多少の浮き沈みがありつつも夏の終わりまでは、先生には愛知淑徳中なら大丈夫ですよと言われ続けていました。それが崩れたのが秋、志望校別のクラスが落ちてしまったことでお友達とも離れ、モチベーションが切れてしまったようでした。

 残り少なくなった学校での生活が楽しくなり、興味はファッションや音楽などに向いていきました。名進研には行きますが、家ではさっぱり気分が乗らず、自習室でもはたしてやっているのかなと疑問に思う日々でした。最後のテストではついに愛知淑徳中合格率20%という結果が返ってきました。先生に相談しましたが、当然、もう大丈夫ですよという言葉はもらえませんでした。そこから受験までの約一か月間、私達親は四月に目標を南山中女子部と言わなかったことを、ずいぶんと後悔しながら過ごしました。このままでは愛知淑徳中どころか、どこにも受からないのではという不安に見舞われ、こんなことなら何が何でも南山中女子部ですと言って頑張らせればよかった。名進研にもそのように指導してもらえばよかった。そうやって初めて南山中女子部は無理でも愛知淑徳中の合格を勝ち取ることができるのではないか、と思ったからでした。

 もちろん少しでも頑張れる環境を作ろうとお正月は姉と父親には帰省してもらって、私と二人だけで名古屋に残り、毎日過去問をこなすのを見守り、私が仕事でいない日は父親に、一日に何度かメールで進捗状況を送らせるという工夫をしたりもしました。それでもやはり予定していた内容をこなすことはできず、全く不安は解消されないまま、試験本番に突入していきました。どこにも受からなかったらどうしようと思っていたので、名古屋女子大学中学校、愛知中学校と順番に合格しほっと胸をなでおろしました。その次が南山中女子部の不合格通知で、意外なほど落ち込んでいたので、愛知淑徳中の結果が届くまでの二日間がとてつもなく長く感じました。

 愛知淑徳中合格発表日、仕事中、娘がネットでの合否の確認方法がわからず電話してきたのですが、ちょうどその電話の最中に速達が届き、その場で封を切って合格を伝えてくれました。電話で娘も私も泣きました。やり方が良かったとはとても思えません。反省することだらけでした。でも、結果オーライです。憧れの制服を着ることができます。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

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