一点の重み
「塾に行きたいとかある?」
「ある。みんな行ってるし。」
最終確認だった。四年生の冬である。一年前に訊いた時は「ない」だった。母である私自身、中学受験を経験しており、入塾タイミングとしてはやや遅いのは理解していた。娘と話し合いを重ねると私の母校である女子校に行きたいと言う。それならばすぐに入塾しないと間に合わない。どこにしようかと悩んでいた時、新聞折込みが目についた。なんと家から車で五分の所に名進研があるではないか‼しかも今なら五年生から入るためのテストもある。早速申し込んだ。しかし、母は入塾するのにテストがあるのを知らなかった。そして、それがまあまあ難しいことも。結果、一点差で不合格。さあどうしようと頭をかかえていると、
「僕の裁量で合格にします」
校舎長の恩情でなんと合格になった。こうして娘の中学受験はスタートした。
いざ入会してみると授業のスピードについていくのもやっと、初めて受けた四年生の冬期講習のテストでは総合偏差値45、一番できた理科ですら50に届かず、親子で中学受験の難しさを知った。
その後、半年経つかどうかで偏差値50を超えるようになり上のクラスに上がるようになった。このまま偏差値が上がって最難関の学校も手が届くのでは……などと母が夢見た頃事件は起きた。一点差で下のクラスになったのである。泣いた。校舎長に面談を申し込んだ。一点の重みをこれで理解したはず、となぐさめられた翌日、採点にミスが発覚し、まさかの一点差でクラスキープに変わった。そんなことあるのかと親子で喜びあった。
その後は第一志望に届きそうな偏差値で六年生を推移していたが、夏に50を切ってしまう。先生に質問できない(性格上)ことと、親塾の限界もあることを娘に話し、以後の勉強は全て自習室で行い、いわゆる自走の体勢を作った。それと同時に、第一志望とチャレンジ校にばかり目がいっていた娘に、第二志望校である名電中学の良さも目いっぱいアピールした。運が良かったのは、たまたま学園祭に参加できたこと、合同個別相談会の担当の先生がたまたま娘の入りたい部活の顧問だった。これで娘の名電に対する志望が一気に上がった。
名電の入試当日、事件が起きた。予定していたバスに乗れず、徒歩で二十分、名電中学まで歩くことになった。娘は非常に動揺し、このままでは受かるものも受からない。そこで私は名電高校の前で娘に「一回泣きなさい」と言い、娘を号泣させた。時間にして一分程度だろうか。隣を歩いていた受験生とおぼしき親子がぎょっとしていたが、かまうもんかと泣かせた。これが功を奏して娘は落ち着いて受験ができた。結果、無事に桜の花が咲いた。
第一志望にご縁はなかったものの、子供は強いもので、進学先の名電中学での生活を楽しみに娘は過ごしている。一番の懸念であった女子の少なさも、蓋をあければ二十人以上進学しそうとのことで、より学校生活が楽しみなようだ。
最後になりますが所属先の先生方には大変お世話になりました。そして、本部に異動されたY先生には異動後もプレ中の保護者会でお声がけをいただき感謝しきれません。いままでありがとうございました。













