支えられて乗り越えた中学受験 ~何度もかけてもらった『魔法』の言葉~
●始まった我が息子の中学受験生活
小学四年生の秋、公立一貫校受験のオンライン講座を受講し始めたことをきっかけに名進研へ入会しました。五年生になるタイミングで中学受験クラスへ変更したことで、我が家の私立中学受験生活が本格的に始まりました。
JAクラスからのスタートでしたが、二回目の試験結果を受けてJSクラスへ昇格。難しい学習や宿題に追われながらも、塾から帰宅する際には、新たな学びを得た満足感や高揚感からか、いつもキラキラした目をしていました。その姿を見て、「名進研に入れてよかった。このまま順調に成績を伸ばしてくれれば、第一志望校合格も夢ではない」と思うようになりました。
学校見学や文化祭にも家族そろって足を運び、家族一丸となってモチベーションを高めていった結果、五年生の中盤から後半にかけて成績も向上していきました。
●何度も折れかけた息子を支えてくれた魔法
受験学年を目前に控えた五年生終盤、周囲の本気度が一気に高まる中で臨んだ実力テストの結果が思わしくなく、「中学受験は決して甘いものではない」と痛感しました。
六年生になりプレ中が始まってからも、第一志望校はおろか、第二・第三志望校の合格圏にもなかなか届かない状況が続きました。それでも名進研の先生方は常に温かい言葉をかけてくださり、引っ込み思案な息子も楽しく通塾を続けることができました。変わらずキラキラした目で帰ってくる息子を見て、「まだまだこれからだ」と妻と励まし合っていたことを思い出します。
そして迎えた中学受験の天王山「夏休み」。毎朝8時50分から名駅校で夏期講習を受講し、授業後はバスで所属校へ戻って自習室で復習と宿題に取り組む日々が始まりました。必死に食らいつくものの宿題が終わらず、生真面目な性格ゆえに「やらなければ」「やりきりたい」という思いと、「終わらない」という現実との狭間で自分自身への苛立ちが募り、精神的に非常につらい時期もありました。中学受験を諦めるという選択肢が頭をよぎったこともあります。
そのような中、所属校の先生方は、本人に合わせた学習スケジュールを組んでくださっただけでなく、何度もお電話や面談で声をかけてくださいました。それは、折れかけた気持ちを支え、見失いかけた目標へ再び前を向かせてくれる、まさに魔法のようなものでした。
秋から冬にかけても同じような波は何度もあり、「中学受験はやめてもいいよ」「もうやめようか」と話し合ったことも一度や二度ではありません。そのたびに先生方からの「魔法」をいただき、息子は「絶対に中学受験は諦めたくない。続けさせてほしい」と、自分の意志で何度も立ち上がってくれました。
●迎えられた本番で見せた息子の背中
冬期講習と正月特訓を終え、いよいよ本番を迎えました。我が家には高校受験を控える姉もおり、二人が万全の状態で試験に臨めるよう、外出は最低限に抑え、体調管理を徹底しました。
息子の初陣は、進学が決まった愛知工業大学名電中学校(両日受験)でした。そこから二週間にわたる本番が始まります。試験の付き添いは、プレ中のときと同様、私(父)の役目でした。
名進研から事前にいただいた「受験の心得」を前日と当日の朝に一緒に復唱し、緊張を和らげるために他愛もない会話をしながら、余裕をもって会場へ向かいました。「思いっきり頑張ってこい‼」と送り出したあの瞬間は、今も鮮明に覚えています。
会場に入っていく息子の背中を見ながら、十二年前に生まれた我が子が、ここまで大きく、たくましく成長してくれた喜び、何度も折れかけながらも諦めずにこの日を迎えられた誇らしさ、そして「どうか合格させてあげてください」という親としての切なる願いが込み上げてきました。あのときの背中は、今も目に焼き付いており、これからも決して忘れることのない、私の宝物です。
●これからの新たな章に向けて
無事に中学受験を終え、息子は合格をいただいた愛知工業大学名電中学校へ進学することとなりました。我が家、そして我が息子の中学受験は、決して順風満帆なものではありませんでした。しかし、最後まで諦めずに中学受験を乗り越えられたという経験と自信は、これからの人生という長い航海において、必ず大きな糧になってくれると信じています。それもひとえに、何度も折れかけた息子を見捨てることなく、最後の最後まで「魔法」をかけ続けてくださった先生方のお蔭です。本当にありがとうございました。
本来、この受験体験記は、学習方法や過ごし方のアドバイスを書くことが趣旨なのかもしれません。それでも、苦しみながらも中学受験を乗り越え、新たな人生の章へ進むことができた我が子の歩みを、ひとつの記録として残したいと思い、筆を執りました。
この体験記が、これから受験を迎える受験生や親御さんにとって、少しでも心の支えや参考となれば幸いです。











