子の涙
息子が生まれて十二年。東海中学校の合格を知った時、息子の喜びの「涙」というものを初めて目にしました。この時の瞬間は一生忘れる事が出来ません。
名進研に入会したのは、五年生になる春でした。それまでは、三歳から、本格的に勉強していた音楽(ピアノ)中心の生活に終止符を打ち、しばらくの間学校から帰ると、玄関でランドセルを放り投げて遊びに行く、いわゆる「のび太君」状態で、勉強もした事がなかった息子にとって、名進研に入ったばかりの頃は親子共々、それは大変なものでした。
沢山の宿題や次々とやってくるテストゼミの勉強が追いつかず、夜も深夜2時を回る事もしばしば、本人も泣きながら宿題をやる、という生活に不安を感じた事もありましたが、本人は「やめたい」とは一度も言いませんでした。
そんな息子に私にも出来る事はないかと考え、私も一緒に勉強したり、特に覚える事中心の社会は、一番点が取りやすい、と考え、丸暗記でなく「流れで理解する」事を常に言い聞かせてきました。そんな生活を続ける中、成績が少しずつのび始め、本人も毎週のテストゼミの結果が楽しみになる様になり、苦手だった国語も意識し始め、今まで読書をした事がなかったのに、小説を読む様になりました。しかし、読解力はすぐにつくものではないので、最後の最後まで悩まされましたが…。
そんな中、プレ中学入試でも良い結果が残せる様になり、東海中を意識し始めたのは六年生になってからでしょうか。親子で東海中一本モードで順調だったはずが、プレ中学入試では毎回80%なのに、東海中プレ入試は二回共悲惨な結果に。この時は愕然とし、今まで東海中しか考えていなかった私にとってあまりにもショックで、不合格を覚悟しました。
得意なはずの算数が、東海中の問題となると、点数が取れなくなってしまうのです。しかも、家では解けるのに、本番では解けない問題があると焦って他の問題まで解けなくなる様でした。東海中の難度が高い事を思い知らされた気がし、この時だけは先生にも沢山アドバイスをもらいました。でも、本人は落ち込まず、「絶対合格するよ」と言い続け、その自信はどこから来るのか?不安でたまりませんでした。
ここからが、本当の勝負をわける時でした。朝は早起きして、頭の体操の為、計算問題に単元別の過去問を解き、他の中学も視野に入れ、あいた時間に受ける学校の赤本を解いたり、少しでも点を取る為、社会と理科に重点をおき、塾の教科書を一から復習しまくりました。そのおかげか、海陽中等教育学校、滝中学校、愛知中学校(特奨)、名古屋中学校(スカラー)、そして、諦めかけた東海中にも合格でき、息子の生まれて初めての嬉し泣きを目にしました。
支えて頂いた名進研の先生方、心より御礼申し上げます。












