私たちの体験は、他の方々のものとは随分違っているかもしれません。ですが、こんな綱渡りのような体験でも、これから受験をする方々にお役に立てることがあるかもしれないと思い、筆を執りました。
ほんの一年半前、私の息子が滝中学校に入学するなんて、予想もしませんでした。私たち夫婦は、国公立の学校と私立の専門学校に一年通ったことがあるくらいで、私立中学の受験など考えたこともありませんでした。東海中学校などの難関校に受かるお子さんは、きっと特別高い遺伝子や頭脳を持っていて、「私たち凡人には無理。」と思っていました。また、地域的にも私立中学までは遠く、裕福なご家庭の優秀なご子息でも公立中学に進学するご家庭がほとんどで、中学受験をするということを奇異の目で見られる方もいらっしゃいました。息子たちは、家の周りの自然を楽しみ、魚や虫を捕まえたり、走り回ったりして毎日暗くなるまで遊んでいました。
そんな中、五年生の夏休み前、息子は「中学受験がしたい」と言い出しました。どこでどう調べたのか「自分の就きたい職業につくためには高い知識や学歴が必要だから」と言うのです。私立中学のことなど全く知らなかった私は、インターネットで調べてみて、最初は名進研、南山中高女子部出身の名古屋大医学部の学生の方に家庭教師として来てもらいました。その家庭教師さんは優秀な方ですし、一生懸命やってくださったのですが、ライバルがない状態ということで息子は怠けてしまい、宿題もこなしきれないまま次の講義を迎える日々が続きました。これでは到底、早くから受験勉強を始めている方々には追いつけないと判断し、距離は遠いのですが六年生四月から名進研に入会しました。入会テストは、入会ラインギリギリの点数でした。また「今から始めても滝中は無理かも」と言われました。それでも息子はやると言いました。今考えると彼は、その後の道のりやゴールが見えていなかったのかもしれません。
そこからは勉強漬けの毎日でした。名進研の、成績によって席順も決まるシステムは、前に何人いるかが視覚的によくわかり、息子のスイッチがつき、ようやく本気モードに入ったようです。また、保護者会ではいろいろな情報をいただいたので、名進研という大手の塾に入会させたのは正解だったなと思いました。私は勉強についていけなくなったので、勉強は塾にお任せし、健康管理や宿題を終えたかどうかのチェックをするというスタンスでした。
ただ、息子はやっていない単元も多々ありましたし、通塾して宿題を終えるだけでも精いっぱいで、成績は芳しくありませんでした。夏期講習で全範囲を総復習すると聞いていたので夏期講習の総仕上げテストに息子の本当の実力が出るだろうと思っていました。
ところが、総仕上げテストもそれまでと変わらない成績でした。私は、ここで諦めたほうが良いのではないかと散々悩みました。友達や弟と遊びたいのもテレビを観るのもゲームをするのも我慢して、ストレスから弟にあたることもありました。体調を崩し、二週間で二回も高熱を出したこともありました。睡眠時間も、ほうっておくと十一時間も眠るような子です。これから本番に向かってプレッシャーがかかってくるのは目に見えていましたし、この成績で滝中を受けると言うのも恥ずかしいと思いました。私は相談相手もなく、孤独にこの感情と戦っていました。そんな時支えになったのが、BUMP OF CHICKENというバンドの「HAPPY」という曲でした。それにはこんなくだりがあります。『終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる』これは人の生死を歌った歌ですが、その時の状況と重ね合わせ、終わらせて淀んだ生ぬるい自由な時間を過ごすなら、最後まで諦めずに挑んで砕け散る方が、より良くその後を過ごせるのではないかと考え直しました。これを読んでいる皆さんも、支えになる言葉や歌があると強くなれると思います。
私が考え直した後、九月末のプレ中学入試で偏差値が上がりました。私の心の状態がこんなにも子供に影響するのかと驚きました。声や表情に出していないとこちらが思っていても、子供には伝わってしまうのかもしれません。その後も、子供の状態をチェックしながら、私自身のメンタルケアにも気を使いました。成績が思うようにならないと、親もピリピリしてしまいますよね。でも親がピリピリしたところで悪影響しかないのです。それよりもどうしたら子供が気持ちよく勉強できるのか、どのようにしたらやる気・モチベーションを高められる声かけができるのかをネットで調べ、息子の様子を観察して最適なタイミングで良いアドバイスができるよう努力しました。
結局、九月のプレ中学入試が最高の偏差値となりました。早くから受験勉強をされている方々の追い上げは私たちに迫ってきて、ものすごく恐怖でした。でも、心を整え強く持ったことは間違いではなかったと思います。なぜなら、成績が落ちても、前向きな言葉をかけたことが息子の努力を維持し支えていく最大の要因だったのではないかと思うからです。「きっと受かる」とか「頑張っているね」など、温かい言葉を多くかけるよう意識していました。また、校舎の先生からは、滝中の入試十日ほど前に手書きで息子に応援のメッセージをくださり、四日前にも電話をくださって、その翌日に時間を割いて息子に滝中対策としてのアドバイスをしてくださいました。先生の努力に大変感謝しています。先生の応援が息子に力をくれたことは間違いありません。
滝中入試の前夜、就寝直前の布団の中で時事問題を確認していた息子。その同じ所が入試に出たそうです。良い成績でなくても、最後まで諦めなかった心が合格を呼び寄せたのかもしれません。
終わってみて改めて、「無謀なことをしたな。」と思います。でも、充実した日々でした。神様っていると思います。それほどに、祈ってばかりの毎日でした。前述した曲に『続きを進む恐怖の途中 続きがくれる勇気にも出会う』というくだりもあります。恐怖の中進んできましたが、息子の諦めない心という勇気をみることができました。
最後に、中学受験はやりたくてもできない人がたくさんいると思います。夫が仕事帰りに塾の迎えに行ってくれたこと、悩みを私に話さなかった母親、プレ中学入試や保護者会に連れ回した下の子、みんなが一丸となって迎えた入試であり、周りの人に感謝することを忘れてはならない、と強く思いました。
こんな平凡な家庭の私たちでもなんとか乗り越えることができました。皆様ならきっと大丈夫だと思います。皆様のご活躍を心からお祈りしています。